酸いも甘いも心ひとつ



他の男の子より話しやすいクラスメイトだった。朗らかで優しく面倒見がいい。つまんないだろうなって話にも快く付き合ってくれる。『みょうじと話せんの、なんか嬉しくてさ』って笑う。もう別れたけど、当時の彼氏に対する悩みだって真剣に聞いてくれて『俺なら好きな子にそんな思いさせねーけどなー……』なんて男前なセリフをサラッと素で口にするし、ホルモンバランスが崩れて卑屈になっていれば『かわいーよ』って励ましてくれる。

単純なこの鼓動がドキドキするようになるまで、そう時間がかからなかったのは言うまでもない。


『夜久くんの彼女になれる子は幸せだね』
『それマジで言ってる?』
『もちろん。大切にしてくれそう』
『じゃあなってみる?』
『うん?』
『俺の彼女』


くりっとしたまあるい猫目に射抜かれて息を呑んだあの日から、夜久くんの隣は私専用の特等席になった。

彼は想像通り優しくあったかく、かといって変に気を張る必要もなく。友達と恋人の境界線が曖昧になるほど自然に手を繋ぎ、身を寄せ合えた。互いの家へ遊びに行ったり、テスト休みにちょっと出掛けたり、委員会で遅くなった日は部活終わりの夜久くんが迎えに来てくれたり。たまに黒尾くんが茶化してくるけど、笑って見せつけられるくらいには幸せを謳歌している。

そんな日々の隙間、ふと気づいた。そう言えばまだ、夜久くんからの”好き”も気持ちもハッキリ聞いてないなあって。無論、遊びで付き合えるほど暇じゃない。そんなに薄情な人じゃない。分かっていても聞いてみたいのが乙女心。言って欲しいのが女心。


「ねえ夜久くん」
「ん?」
「私のこと、どう思ってる?」


フライドポテトを口へ放り込もうとしていた指が止まる。驚きをありあり宿した双眼に凝視され、居た堪れなくなって肩を竦めた。言葉のチョイス、間違ったかな。


「珍しいな。みょうじがそんなん言うの」
「ちょっと気になって」
「なんか不安なことでもあった?」
「そういうわけじゃないんだけど……やっぱ何でもない。忘れて」


三角に折った膝を抱いた腕へ額を押し当てる。目を閉じて息を吐けば少し落ち着いて、やっぱり私の言い方が良くなかったなあってひとり反省会。これじゃあまるで典型的な重い女。優しい夜久くんに要らぬ印象を与えてしまったかもしれない。ただ"好き"って言って欲しいだけなんだけど、これがなかなか難しい。どうしたら良いんだろう。どんな言葉を選べば上手く誘い出せるんだろう。

悶々としていれば、とんとんと肩を叩かれた。


「んー?」


暗がりから顔を上げた先。夜久くんの顔が驚くほど近くにあって――ちゅ。唇に触れた柔らかな感触、ほんのり残る塩気。鼓膜を突いた軽いリップ音を遅れて理解し、瞠目する。

未だ至近距離で視界を占める彼は短い眉を下げて笑いながら首を傾げた。


「伝わった?俺の気持ち」
「……もうなに……好き……」

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