あなたこそ最後の最愛


お腹すいた、眠たい、疲れた。そんな三拍子が揃いも揃って中枢神経を啄む仕事終わり。コンビニに寄ってハッシュドポテトでも買おうかと思案しながらマフラーを巻く。簡素な「お疲れ様です」もそこそこに裏口から外へ出れば、冬特有の冷たい空気が肌を刺した。吐く息は白く、外灯に照らされる街並みも薄ら雪化粧をしている。日中よりもずいぶん寒い。

やっぱり早く帰ろう。

そう両手をポケットに仕舞って踏み出した時―――頬を突然、熱が襲った。


「!?」
「ははっ、いい反応」


跳ねるどころか飛び上がった肩を諌めつつ振り向いた先。ぐんと上げた視界の真ん中。「怪獣でも見たみてえだな」と、まるで悪戯が成功した子どものような、無邪気な笑顔。

一瞬にして周囲の音が遠くなる。鼓動がうるさい。

ねえ嘘でしょ。待って。今東京にいるはずの彼が目の前に、だなんて全然頭が追いつかない。あまりの衝撃に声も出ない。髪切ったね。背も伸びたかな。こんなに肩幅広かったっけ。ちょっと離れている間にうんと大人っぽくなった姿がかっこよくて、なんだか知らない人みたいで。でもちゃんと、本当にちゃんと、ここにいるのは紛れもなくはじめ本人で。


「なまえ?」
「……」
「おーい」
「……」


眼前で大きな手がふりふり動く。私の目線に合わせて屈んだはじめの首が傾き、さっきの熱が再び頬へと当てられる。薄い皮膚からじんわり広がるその正体は、ホットココアのスチール缶。すぐそこの自動販売機で買えるやつ。学生時代から愛飲している、甘くてまろやかなやつ。

徐々に解凍された声帯がようやく震える。

言いたいことはたくさんあった。何で、どうして。"年末は帰れるから日取りが決まり次第連絡する"とは聞いていたけれど、まだ確定的なラインも知らせも受けていないし、まさかクリスマスイブ前だなんて予想外。てっきり年越しギリギリだとばかり思っていたものだから、当然休暇申請もしていない。でもそんなあれこれより先に膨れ上がった想いが、つい溢れ出てしまった。


「はじめ……!」
「ぅおっ」


半ばタックル気味に抱き着いて、回した両手で背中を握る。半歩片足を引いただけ。たったそれだけの動作で易々私を支えたはじめは「久しぶりだな」と、わしわし頭を撫でてくれた。


「今日こっち来たの?」
「おう。先に実家寄って荷物置いて、そこのファミレスで時間潰してた」
「連絡くれたら良かったのに」
「わりぃ。仕事の邪魔したくねえってのと、サプライズっぽい方がお前喜ぶだろうと思ってよ」
「もう……何でも嬉しいよばか……」


いつもみたいな機械越しではなく、すぐ真上から直接降ってくる低音に胸が詰まってちょっと泣きそう。後頭部を滑りおりていった手に背中をあやされ、外だからか軽いスキンシップ程度にぎゅってされてしまえば、もう空腹も眠気も疲れも全部どこかへ吹っ飛んでいった。


「さあ帰んべ。車あっちな」
「えっ、買ったの?」
「や、親のん借りてきた」
「あーね。ビックリした……」
「んな無駄遣いしねーよ」


彼から離した左手にココアを渡される。空いた右手は自然な動作で繋がれ、歩き出すとともに上着のポケットへお招きされた。

あったかい。

もそもそ探り探りで指を絡ませるなり、笑いながら握り返してくれた余裕に心がざわつく。ほんの少し甲が当たっただけでドギマギしていた頃が懐かしい。どれだけ引き締めようと頑張ったって緩んでいってしまう口元をマフラーに隠す。

故意か無意識か。車道側をゆっくり歩くはじめへ、そっと肩を寄せた。

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