君に触れる理由にあふれてる



『お疲れ』って頭をひと撫で。たったそれだけで“今日も生きてて良かった”と思える人に愛される日々は、たとえばとっても美味しい物を食べた時に頬っぺたが落っこちそうになるあの至福に似ている。他の何にも代えがたく、一瞬一瞬が勿体なくて、一挙手一投足さえ笑っちゃうほど愛しくて。きっと彼もそう。

――なあなまえ。俺よりお前を幸せに出来る男は五万といる。だから酔っ払いの独り言だと思って聞き流していい。……高校ん時からずっと、ひざしの隣で笑うとこも見たくねえってくらいには、お前が好きだ。

つい先日、忘年会って名目の宅飲みで珍しく山田が先に酔い潰れた午前三時。お酒の入った頭で私のこめかみをゆるゆる撫でながら、心底まろい眼差しでそう告白してくれた消太も、きっとそう。





「終わった?洗い物」
「ああ」
「ありがと。ごめんね」
「気にするな。飯作ってくれただろ」


口端を僅かにゆるめて隣へ座った消太の手に手を伸ばす。プロの勲章とも呼べる傷跡がいくつも窺えるごつごつしたそれは、やや赤い見た目通りすっかり冷たくなっていた。大方お湯を使わなかったのだろう。すぐ終わるからと給湯スイッチを押すことさえ不精するのはいつものこと。

「ん?」って声に口を尖らせ、甲を覆うように握る。私の小さな手なんかじゃ、とてもじゃないけど温められない。だからまるまま体温を奪ってもらおうと、自らの頬に押し当てた。


「つっめったっ!」
「水触ってたからな」
「お湯使いなよ……指なんかもう氷じゃん。今じんじんしてるでしょ」
「そ……うだな」
「待って今悩んだね?もしかして感覚ない?」
「……お前がぬくいってことは分かるよ」
「んんん」


両頬全体をうにうに揉まれて唸る。なんだか上手い具合に誤魔化されているような気がしないでもないけれど、まあ温まってくれるなら何でもいい。甘んじて受け入れ、喉を伝った冷えが肩まで下りてきたところで離す。

消太の手は無事に氷から人間へ戻っていた。でも困った。今度は私がちょっと寒い。皮膚の表面がぞわぞわ粟立つ。肩を竦めながら仕方なく暖房のリモコンを目で探せば、見つける前に名前を呼ばれた。


「なに?」
「ん」


ぽんぽんと叩いて示されたのは、胡坐をかいた膝の上。座れってことだろうか。珍しいこともあるもんだって瞠目しながら、せっかくなのでいそいそ近寄る。正面からお邪魔するべきか逡巡し結局後ろ向きに落ち着けば、程なくしてお腹に腕が回された。背中はもちろん腰も脚も腕だって、触れている箇所は全部ほかほか。まるで私から消太に移したはずの体温が巡り巡って返ってくるよう。なんなら相乗効果で、より快適な熱度へと昇華されている。

これ、眠くなるやつだなあ。まだ憩いのひと時を満喫していたいけれど、残念ながら心地よさには勝てそうにない。

吸い込んだ酸素をゆっくり吐き出す。そのまま脱力すれば、増した重みで気付いたのだろう。世界で一等愛しい声が「寝ていいぞ」と、音もなく笑った。

back - index