へたくそな繋ぎ目



別に、大したことじゃない。
勝己は、朝が早くて夜が遅い。出張で帰ってこない日もままある。反対に私は、朝が遅くて夜が早い。プロヒーローと一般庶民なんて、どこもそんなものだと思う。だから、コミュニケーション不足なんて当たり前のこと。

一緒に住もうって話が出た時に、もう覚悟は出来ていた。出来ていたはずだった。なのに、どうしてだろうね。上手くいかない。


積もりに積もった不安やストレスや寂しさや憤りは、私の中で大きく膨らんでいて、きっと勝己もそうだった。理由なんて、それだけで十分。

嫌いになったわけじゃなくて、むしろ好きだからぶつかってしまっただけで、なにも悲しいことじゃない。悲しいことじゃないのに、すこしだけ泣いた。


高校生の頃みたいに、声を荒らげて怒鳴る勝己を見たのは、何年振りだろうか。なんだか懐かしい。私も大きな声を出したおかげか、頭がやけにスッキリしている。
勝己のせいで穴のあいた壁が可哀想。修理費用はいくらくらいだろう。そんなことを考えられる程度に沈んだ気分が回復してから、舌打ちを残して出て行った勝己の行方を探そうと、コートを羽織った。



『次休みいつだ』
『んー…わかんない』
『わかんねえって何だよ。シフトくれえ出てんだろが』
『一人飛んじゃって今かつかつだから、あってないようなもんだよ』
『んだそれ。休みねえんか』
『うん、まあ。でも大丈夫だよ』
『いい加減やめろや。そのくクソみてえな痩せ我慢』
『……負担になりたくないから』
『あ?』
『正社員だし、簡単に辞めれるような状況でもないし、勝己だって忙しいじゃん』
『ハッ、だから我慢するしかねえってか?』
『……もう寝よ。明日また早いんでしょ』
『おい逃げんな。文句あんなら今ここで全部吐け』
『じゃあ言うけど、朝起きたらいないし、やっと帰ってきたと思ったら夜ご飯も食べないで寝ちゃう時もあるし、休みも殆どない勝己にどうやって相談しろって言うの?』
『んなモン寝てるとこ叩き起すか、てめえが早く起きりゃ良いだけだろが』
『疲れてる勝己を起こせるほど自分勝手じゃないし、朝早く起きるのは私がしんどいの!帰ってくるのは私の方が早いけど、後片付けとか洗濯とか色々やってたら結局寝るの遅いし、そもそも自分もしんどい思いする上に、勝己にまで迷惑かけるなんて絶っ対嫌』
『っざけんのも大概にしろやぶっ殺すぞ!全部てめぇの都合だろが!!』



壁に穴をあけるまでの過程を、頭の中で反芻する。

家事を分担して欲しいなら言え。眠いから寝ているだけで、疲れたとは一言も言っていない。迷惑だとか勝手に決めるな。分からないことは自分で判断せずに聞け。

勝己が早口で言ったのは、確かそんな内容だった。私なりに気を使っていたつもりが、逆に心配させていたらしい。不器用な言い方だ。頭が冷えた今なら、そう捉えることが出来る。

勝己も私も、言葉を選ぶのは、ひどく苦手だった。


角を曲がって、綺麗なレンガが敷かれた歩道を歩く。向かう先は小さな公園。滑り台とブランコと砂場があるだけの、私が初めて告白された場所。

こちらを背にして置かれているベンチには、思った通り、ツンツンとしたシルエットが座っていた。
後ろからそうっと近付いて、寒そうな首元へ腕を回す。驚いた様子はなかった。

それにしても、上着も着ないまま、こんな薄いスウェット姿で飛び出すなんて心臓に悪い。きっと、あれ以上怒らないように、勝己も必死だったのだろう。


「ごめんね」


すっかり冷えている、案外柔らかな髪に鼻先を寄せる。同じシャンプーの香り。
返事はない。その代わり、大きな手が私の手を包んだ。随分傷の増えた、ゴツゴツしたそれを握り返す。


「帰ろう」
「……」
「まだ怒ってる?」
「……怒ってねぇ」
「良かった」


交わす言葉はぎこちない。
でも、触れている温度は優しかった。

意外と賢いその冷えた頭で、今は何を考えているのか。自分がもう少し落ち着いて経済的にも安定すれば、私を働かせなくて済むのに、とか、そんなことだろうか。
あの頃よりも大人になった彼は自責することも増えたけれど、あまりマイナスには考えないで欲しいと思う。


「私さ、今しんどいけど、勝己がいるから頑張れるし幸せだよ」
「……たりめぇだくそなまえ。誰と住んでると思っとんだ」


私の指で遊んでいた勝己は、どこか吹っ切れたようにそう言って、腰を上げた。見上げた表情は平然としていて、良かったと安堵する。自然と繋ぎ直された手に引かれ、つい鍵も閉めずに放ってきてしまった自宅へ急ぐ。

帰ったらホットコーヒーでもいれて、炬燵に入りながらうとうとして、今日は何もかもを放っておいて、一緒に眠ろう。

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