左隣りは譲らない



多くの照明が点灯する境内に、除夜の鐘が響き渡った。

ちらほら増えていく人影が思い思いに屋台を巡る中、甘酒を手に簡易テント内の丸椅子へ腰掛ける。既に焼きそばや唐揚げなんかでお腹はいっぱい。石油ストーブで暖も取れて、なんならちょっと眠いかもしれない。勿体ないから寝ないけど。


「結構人増えてきたな」
「ね、早めに来て正解。けーくん初めてだっけ?二年参り」
「おー。学生ん時も大体こたつでガキ使見ながら蕎麦食ってたからな」
「ははっ、例年の我が家だね〜」


けーくんの片腕に凭れながら紙コップへ口をつける。

彼と結婚したのは三年前だけれど、付き合い自体は随分長い。一緒に年を越すなんて最早お馴染み。まあ、もうはしゃぐ歳でもないし今年ものんびりしようかって折り、たまたま『来年は子どもが欲しいな』なんて話が出て、じゃあ今の内に出来ることを、って二年参りの案が出た。大晦日の深夜に出向いて一度、そのままお寺で年を跨いで二度目の参拝をするわけだけれど、確かに子どもが出来たら難しそうだ。幼子がお腹すいた、眠い、寒い、疲れたってぐずる様子は想像にかたくない。


「なまえ」
「ん?」
「ん」


難なく私の体重を許容する彼から示されたのは、ジャンパーのポケット。既にけーくんの片手が収まっているそこに、僅かな隙間が空けられる。手、入れてもいいよってことかな。試しに片方滑り込ませてみれば、カイロと人肌の温もりが冷えた皮膚を覆った。もこもこした生地の内側でぴったり合わさる手のひら。男のごつごつした節が指の間を割ってくる。

珍しい。家の中ならまだしも、外で彼から繋いでくれるなんて滅多にない。霜焼け寸前に見えたのか、単に寒そうだったのか。まあ今はくっついている分、私の手が彼のポケットにお邪魔しているかどうかなんてはたから見れば分からないだろうけど。


舌の上に、お米特有の甘味がとろり。


「コーチ!と奥さん!」


鐘の音とほぼ同時。入り口から元気良く飛んできた声に、けーくんは苦虫を嚙み潰した。素知らぬ振りをしようにも特徴的な傷んだ金髪じゃあ誤魔化せないことを悟ったらしい。ああダメだ。凄く嫌そうな顔がちょっと面白い。

今すぐ吹き出してしまいそうな笑いを堪え「何飲んでるんですか?」と寄ってきた日向くんに答えながら微笑む。間もなく後ろから顔を出した菅原くんと澤村くんは、上級生らしく謝りながら軽く頭を下げた。どうやら駆けていった日向くんを追ってきたようで「急に走ってったら危ないだろ」と叱る姿がなんとも頼もしく映る。


「お前ら、高校生が出歩いていい時間じゃねえぞ」
「すみません。明日の昼間にしようかと思ったんですが、都合がつかなくて」
「鳥養さんはデートですか?」
「……まあ、そんなとこだ」
「結構らぶらぶなんですね」
「そうなの。こう見えてけーくん優しくてね、」
「おいなまえ、頼むから乗るな」


未だポケットの中で離されない片手にぎゅっと制され、思わず笑ってしまいながら続きを呑み込む。日向くんのくりっとした大きな双眼は既に好奇心満々だけれど仕方ない。

ごめんね、ダメだって。そう断ってから「また来年ね」と誤魔化す。とっても良い子である三人は頷いて「部活、また見に来てください。待ってます」と笑った。ちなみにけーくんからは「勘弁してくれ……」って呟きが、溜息と共にこぼれ出ていた。

back - index