足の着かない呼吸をあたためて



もうすぐ始まるよって、お風呂から出てきた弔を呼ぶ。ジュースやお菓子は準備済み。今年新調したこたつも、もう抜け出せないくらいホカホカだ。電気カーペットもあったかいし、こたつ布団だってふわふわのふかふか。もう去年みたいに尻が痛いなんて文句は言わせない。

指定しなくても隣に座った弔に、ずいぶん懐いたなあって微笑みつつグラスを寄せる。


「何飲む?りんご?」
「分かってんなら聞くな」
「ふふ」
「ご機嫌かよ」
「弔が可愛いからね」
「……」
「ワァー視界真っ暗でりんごいれられないナァー」
「うっざ」


なんとも辛辣なコメントの後、私の顔面を掴んでいた片手が緩慢に離れていった。

時々弔は、こうして確かめる。愛されていることを認識したがる。「普通怯えるだろ」と自分の個性を揶揄しては、棲み慣れた孤独へ帰ろうとする。求めている言葉も温度も分からない。引き止めて欲しいと思っているのか、はたまた疎ましく感じているのか、その真意をおしはかる術を私は持たない。でも、それでいい。十人十色。彼が望んでいるものを与えられなくても、私の全てで包んであげればいい。愛してあげればいい。差し出した心に気付かないような人じゃない。その証拠に弔が私に触れる時、決まっていつも中指が浮いている。

明るいテーマソングが流れ、笑い声と共に始まった年末番組をチラ見しながらジュースを注ぐ。定番のスナック菓子をあけ、甘い物が欲しくなった時用のチョコレートも開封する。薄く見える身体と違いしっかり男の人である無骨な指がすぐさま伸びて、ああお腹すいてたのかなあって頬が緩んだ。


「ちょっと弔、ポテチこぼさないで。これ掃除しにくいんだから」
「こぼしてない」
「こぼしてますぅ」
「うるさいな」
「そんな私が?す?」
「はーうざ」


くだらないものを見た時のような、思わずって感じの笑いが洩れる。バラエティーの楽しそうな声に重なって、漂うのは穏やかな空気。ねえこれが幸せなんだよ、なんて野暮なことは言わないけど、悲しい日々をたくさん背負ってきた彼が少しでもそう思ってくれたなら嬉しい。あと数時間で年が明ける今日くらい、私の手で幸福になって欲しい。

わこわこ。手に取った蜜柑をむく。


「なまえ」
「なに?弔も食べる?」


隣を見遣ると、上体ごとこちらを向いた彼は後ろのカーペットへ片手をつき、私の視界へ入り込んできた。あったかいこたつの中、温もった互いの足が触れ合う。相変わらずガサガサな唇が近付いて、目前で弧を描く。


「好き」


してやったり。細まった悪戯っ子のような瞳は、今年で一番、楽しそうに見えた。

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