始まりを盗んでみせろ



はあ。一生の不覚。せっかく共用スペースで皆とわいわい楽しく年を越すはずだったのに、まさか大晦日に熱を出すなんて人生最大の汚点だ。髪はちゃんと乾かして寝ていたし、薄着でうろうろしたことも手洗いうがいを怠ったこともない。一体何がダメだったのか。咳や鼻水の症状だってないのに、どうしてちゃっかり熱だけ出るのか。ああ目が熱い。泣きそう。

ベッドの中、自分の不甲斐なさに溜息を吐く。震えた唇をきゅっと結び、勝手に出てくる涙は拭ってから引っ込めた。

本当は勝己と二人が良かった。でも両親が海外旅行中の今、家に帰ったところで寂しいだけ。いくらご近所とはいえ彼の実家に長期間お邪魔するわけにもいかない。結果、帰省を諦めて寮に残った。そうしたら帰る気満々だったはずの勝己も残ってくれて、たとえ二人っきりじゃなくても一緒に新年を迎えられることを楽しみにしていた。なのに。なのにさ。


「私のバカ……」


暖房のかかった自室で毛布にくるまる。なんとなく寒いのは、まだ熱が上がるからか。

背中を丸めながら小さくなって冷気を追い出した瞬間、コンコン。ノックの音が鼓膜を突いたかと思うと返事をする間もなく開いた。途端、うどんの良い香りが鼻腔を抜ける。お腹がぐぅっと鳴いて、そう言えば朝からバナナしか食べていないことを思い出す。きっと気を遣ってくれた誰かが食事を持ってきたのだろう。梅雨ちゃんかな。お茶子ちゃんかな。女の子を想像しながら「ごめん。ありがと」と布団から顔を出して、驚いた。


「勝己じゃん」
「俺じゃ不満かコラ」
「そういうんじゃないけど。何、作ってくれたの?」
「ん。具合どうだ。ちったぁマシか」
「うん。ちょっと寒いかなってくらい」
「まだ寒ぃんか」


電気をつけ、お盆を置いた折り畳みテーブルをベッド脇へセッティングし終えた手が伸ばされる。前髪をかき上げながら額を覆ったそれは、いつもより格段にぬるい。顔を顰めた勝己は珍しくよしよし頭を撫でて「ンとにポンコツだな」と口端で笑った。

その吐息も手付きもあんまり優しくってあら大変。引き締めたはずの涙腺がじんわり緩む。誤魔化すように「ほんとね」って自嘲してみたけれど、何だかんだ敏い彼には全部お見通しらしい。


「なまえ」
「ん?ん、……っ」


持ち上げた唇が塞がれる。断りもなく無遠慮に割り込んできた舌が熱い。押し返そうとすれば器用に引いた彼の口腔へ引き込まれ、甘噛みしながら角度を変える熱によってより深く枕へ沈む。肩を押したってびくともしない上、力も入らない。困った。私しか知らないくせに、才能マン加減はこういうところにも遺憾なく発揮される。ずるい。こんなの大人しく目を瞑るしかない。

何度も下唇を食まれ、吸われ。ようやく離れていった勝己が満足気に瞳を細める。


「……私熱あるんだけど」
「ハッ、こんくれえで移るかよ。どうせ風邪じゃねーんだろ。溜まった疲れが長期休暇に出るなんざザコの典型だなァ?」
「ぐ……」
「まあおかげで、モブ共ガン無視で年越せんだ。せいぜい俺と自分に感謝しとけや」


おら、と眼前に翳された勝己のスマホ。繋いだ手元だけを写したデート時の写真が設定されているロック画面は23:59を示していた。

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