良心的テンプテーション



大晦日の年越しって風習は、訪れる歳神様に夜通しご祈願する『年籠り』が由来であり、つまり、そもそも猫である無神論主義の私には馴染みがない。周りの家々が深夜まで明るくて賑やかなものだから猫集会も開きにくく、毎年家で煮干しをもぐもぐしながら惰眠の限りを貪っている。そうして要請の着信で起こされ、とっても苦手な早朝から、欠伸を噛み殺しつつパトロールに出るのだ。やれ初詣だやれ福袋だ、人混みと騒音にげんなりするのが近年恒例。正直何もめでたくない。だって猫だもの。

でも、ヒトである相澤さんにとっても似たようなものらしい。


十二月三十一日。たまたま被った今年最後の仕事納め。「この後どうなさるんです?」って聞いたら「別にどうも。帰って寝るだけです」と無愛想な声が返ってきた。実家に帰るとか、親戚で集まるとか、友達と騒ぐとか。そういう"行事に乗っかって多人数でわいわい"って感じはお気に召さないらしい。もしかしたら相澤さんも新年早々パトロールなのかもしれない。

適当な相槌と共に猫の姿へ戻り、立ち上がろうとした彼の膝へ前足を乗せる。


「今年は猫と一緒に、なんてどうです?」


気のない三白眼が見開かれた。眉を顰め、明後日の方を向いて悩む相澤さんは中々に面白い。五分ほど待った末、冗談半分本気半分のお声がけは無事受け入れられた。たぶん雌であることを気にしているのだろう。ヒトの姿にならないことを条件として、よろしくお願いされた。




マフラー状態の捕縛布に入り込んで隠れ(居心地最高でちょっと寝た)難なく雄英の敷地内にこんばんは。そのまま相澤さんの部屋へ連れられる。必要最低限の家具しかない、なんともミニマリストなお部屋。もう少し散らかってると思ってたのになあ。

シャワーを借してくれると言うので、相澤さんが入った後にヒトの姿で身綺麗になり、猫に戻ってから「相澤さ〜ん!タオル〜!」って扉をてしてし。「俺はタオルじゃありません」と顔を出した彼は、それでも丁寧にびちょ濡れの毛を拭き、ドライヤーで乾かしてくれた。優しい手付きが気持ちいい。無意識にゴロゴロ喉が鳴る。

それから年末のバラエティー番組をBGMにコンビニ弁当とお水を頂き、相澤さんの膝上で落ち着いた二十三時半。やっぱり人肌って微温湯みたい。ゆるゆる撫でられ、丸めていた背中をうにぃっと伸ばす。


「ずっとゴロゴロ言ってますね」
「だって幸せですもん……。いつもなら一匹寂しく寝てる時間です」
「テレビ見たりしないんですか?」
「元旦パトロールしんどいので控えてます」
「ああ。お疲れ様です」
「相澤さんも、今年一年お疲れ様です。来年もよろしくです」
「こちらこそ」
「んふふ。そんな遠慮しなくても、もっといろんなとこ撫でてくれていいんですよ?」
「……」


瞬間、固まった大きな手のひらへ鼻先をすりすり。そうして仰向けに反転し、前足を頭上へ伸ばしつつお腹を見せてみたけれど、残念ながら降ってきたのは堪えるような溜息だった。「みょうじさん……お願いですから、もう少し警戒してください。先が思いやられる……」なんて。

ねえ相澤さん。猫って本来懐かないんですよ。警戒心が何万倍も強くて、餌をくれたってちょっとやそっとじゃ触らせもしないです。知らないわけじゃないですよね。猫ちゃん、大好きですもんね。


ああ、テレビの向こうが騒がしい。


「相澤さん」
「?」
「あけおめですね」
「……そうですね」

back - index