騎士の花事情



告白へ踏み切ったのはなまえだが、気遣いの手を差し伸べ、多くの切っ掛けを作ったのは岩泉だった。

彼女の両手が塞がっていればドアを開け、日直が重なれば届かないであろう位置の黒板を進んで消し、思い悩んでいれば話を聞く。高い位置にある資材を代わりに取ったことも、電車内で壁となって守ったことも一度や二度ではない。『気にすんな』『別に女が頼んのは普通だろ』『なんかあったら言えよ』。そんな飾らない言葉と、あどけない少年のようでいて頼り甲斐のある眩しい笑顔がなまえの小さな背中を強く押したのだ。

もちろん、学内で一二を争う男前と評される岩泉とて健全な男子高校生。ただのクラスメイトにそこまで世話を焼くはずもなく、初めから下心がなかったと言えば嘘になる。いっぱいいっぱいの可愛らしい告白を受けて歯止めを利かせる必要がなくなった想いは、日増しに胸中を占めていった。最早どこに居たって一番に見つけられる。


付き添いで訪れた購買のレジ前。争奪戦から牛乳パンを勝ち取っては誇らしげに出て来た及川と、昼食ではなくシュークリームを抱えてご満悦の花巻を呆れながら迎えた岩泉の視界を、見慣れた髪留めが掠めた。


「わりぃ。先戻っててくれ」
「えっ、ちょ、岩ちゃん!?」


言うが早いか人混みを掻き分けながら割り込み、半分埋もれてしまっている華奢な肩を引き寄せる。大きく跳ねたそれは振り返るなり「はじめだ」とふんわり笑った。心臓に矢が刺さったのは言うまでもない。

自分の片脇へ囲い、小さな体躯が押し潰されないようスペースを確保する。


「なまえも昼ねえのか?」
「そうなの。今日お母さん寝坊しちゃって」
「何欲しいんだ」
「おにぎり!」
「何個?」
「二個、かな……」
「ん。自販とこで待ってろ」


せっかく綺麗にしている髪が乱れないよう、頭を撫でる代わりに軽く肩裏を叩いてからなまえを離脱させた彼は、またグイグイ割り進んでいった。

かっこいい。優しい。好き。

胸の内へ揃う三拍子に頬を緩めながら言われた通り待っている間、お礼のスポーツドリンクとお茶を買う。彼の手に袋がなかったあたり、おそらく付き添いで来ているだけだろう。教室にお弁当があるに違いない。それなら、飲み物が多くても問題ないはず。

間もなくビニール袋を提げて帰ってきた頼もしい彼氏様に、二本のペットボトルを押し付けた。遠慮する岩泉だったが当然悪い気はせず、満面の笑みで「嬉しかったから」と言われてしまえば受け取る他ない。

すげえ良い子。可愛い。好き。

さっきのなまえ同様、お決まりの三拍子が鼓動を脅かす。



そんな二人を持ち前の高身長を駆使して入口から見ていた三人は「やっぱりみょうじさんか」と息を吐いた。


「くっ、岩ちゃんのくせに……!」
「あっこまでいくともう微笑ましいネ」
「分かる。こないださ、部活終わって岩泉先帰ったじゃん」
「うん」
「あれ、委員会終わりのみょうじさん迎えに行ってたらしい」
「え、教室まで?」
「そう。暗いの危ねーからって」
「マジ!?部室前とかで待ってもらってたら良くない!?」
「俺も同じこと言ったんだけど、あいつなんて言ったと思う?」
「んー、冷えるから?」
「あーそれもあったけど『クソ及川の取り巻きに絡まれたらどーすんだ』って」
「いやないデショそんな少女漫画的展開。どんだけ過保護なの」
「って言うか別に取り巻いてないし……あれ、待って。今及川さんのことクソって言った?普段からそんなナチュラルにディスられてるの俺」
「わりと」
「わりと」
「聞き捨てならない……!」


微笑む松川の横で及川が吠える。教室に戻って食べるらしいなまえを連れた岩泉が「何やってんだお前ら。先に戻ってろっつったべ」と片眉を上げて訝しむまで、あと五秒。

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