わたしの春を青くしたひと



去年からの付き合いである鉄朗先輩は、良く声をかけてくれる人だった。きっと私がマネージャーだから、主将として気にかけてくれているのだろう。分かっていても勘違いしてしまいそうになるくらい優しくて、素敵な選手が揃う中、誰より輝いて見えた。

部活のことじゃなくても話を聞いてくれる。試験前には、自分も良い振り返りになるからと勉強を教えてくれる。体調が優れない日は「監督には俺から言っておくから。あんま無理すんじゃねーぞ」と頭を撫でてくれる。そんな日々を幾つも重ねて、気付いたら名前で呼び合う仲になっていた。「なまえはちょっと頑張り過ぎるとこがあるからな。お兄さん心配なわけ」って茶化すその声が、出会った時からずっとこの鼓膜に潜んでいる。


「なまえ?聞いてる?」


隣の鉄朗先輩に顔を向ける。訝しげな表情に「聞いてますよ」と微笑む。


「つまり先輩が優しいってことですね?」
「いやまあ、そう思ってくれるのは光栄なんだけど」
「けど?」
「……真面目な話、俺ら三年が卒業したら全体見れる奴が減るだろ」
「そうですね」
「一年は明るいのが揃ってるから大丈夫だと思うし、たぶん研磨辺りも上手く切り替える。けどお前は全部抱えて笑って、一人で泣くだろうなって」


いつになく真剣な視線に捕らわれ、ちょっとびっくりした。今までいろんな話をたくさんしたからだろう。本当に良く分かっていらっしゃる。強豪校主将の思い残すことが唯一私だなんて、なんだか可笑しい。あまりに贅沢で、ひどく勿体ない。

赤ちゃんじゃないですよって茶化し返していいのか、強くなりましたよって安心させてあげるべきか、それとも素直に甘えれば喜ぶのか。日頃から優しさと気遣いで包んでくれる彼が許容することなんて目に見えているけれど、果たしてそれは正解なんだろうか。

悔いは残して欲しくない。でも彼の心や意識の中に、少しでも長く在りたいと思う。私のことをもっと考えていて欲しいと思う。こんな我儘な女だけれど好きになってくれたらって、毎秒願ってる。


「泣きたくなったら呼びます。だから慰めに来てください」
「んなこと言うと本当に来るよー?俺」
「はい。待ってます」


いつだって否定しない鉄朗先輩は吹き出すように笑って、大きなその手のひらで頭を撫でてくれた。途端に鼓動が大きくなって、きゅうっと胸が締まる。

あーあ。春になったら言えるかなあ。好きですって。ずっと好きでしたって。せめて卒業式までには、振り絞れるだけの勇気をしたためておかなくちゃ。

ね、鉄朗先輩。

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