問うならばその首筋の不実



「みょうじ先輩?」


どこかで聞いたような声にスマホから顔を上げる。「やっぱりそうじゃん!」と駆け寄ってきた人懐っこい笑顔は、中学の時に可愛がっていた後輩だった。一瞬誰だか分からないくらい背が伸びていて驚いた。男の子ってすぐおっきくなるなあ。

丁度お手洗いに行った人使を待っているところ。ぐんと上がった首の角度を距離で調節しながら「久しぶり。卒業式以来?」なんて談笑していれば、視界の端に淡い菫色が映った。こちらに気付いた彼が足を止める。僅かに見開かれた瞳。それから気まずげに瞬く。あれかな。ナンパじゃなさそうだけどどうしようって感じかな。初対面の人と話すの、あんまり得意じゃないもんね。

私も人使より優先したいものなんてない。交わったままの視線を取り敢えず手招いてから「ごめん。彼戻ってきた」と、後輩に向き直って両手を合わせる。すぐに察してくれた良い子はおずおず寄ってきた人使に頭を下げ、満面の笑顔でぷんぷん手を振りながらスポーツ用品店へ消えていった。いくら可愛がっていたといえど、先輩後輩以上の関係はない。連絡先も知らず本当に久しぶりだったけれど、なんだか犬みが凄い。雄英にはいないタイプだなあってほっこり。


「今のヤツ知り合い?」
「うん。中学の後輩。去年はもっとちっちゃかったんだけどねー」
「ふうん」


相槌を打った人使の左手をとれば「待たせてごめん」と、少しだけ口端を緩めて握り返してくれた。

きっと洗ってきたからだろう。ひんやりした温度が心地いい。ショッピングモールの空調が効きすぎているのか、それとも肌が火照っているのか。まあどっちでもいい。


服や靴を物色しながら揃って雑貨店に入る。お互い冬場はコーヒーやココアを良く飲むわけで、保温効果が高いタンブラーを求めて奥へ進めば、可愛らしいデザインのマグカップに容易く目移り。思わず立ち止まって動物柄の商品を吟味する。


「なまえさ、犬と猫ならどっちが好き?」
「え、なんで?」


唐突な質問に隣を見上げれば、降ってきた一瞥が明後日の方向へ泳いだ。


「なんとなく、気になって……」


繋いでいない右手で首裏を掻くその仕草は人使の癖。たとえば隠したいことがある時、気恥ずかしい時、後ろめたい時等々。その時々によって心の内は多種多様。残念ながらたったこれだけで、そもそも分かりにくい彼の真意は測れない。まあでも。


「猫かな。犬って誰にでも尻尾振りそうだけど、猫は飼い主にしか懐かない感じがあって良いなーって」


偏見だけどね。そう微笑みかければ、瞬いた菫色が細まった。イチかバチかだったけれど、どうやら答えは合っていたらしい。いつも通りの短い相槌は心なしか嬉しそうだった。

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