ぬくもりはきみのおとなり



ふんわり漂う甘やかな香り。ホットココアに少しの砂糖とコーヒーを足した、私が好きなカフェモカ風味。
差し出されたマグカップを受け取る。なんの迷いもなく隣に落ち着いた勝己の体重分、ソファがゆったり沈んだ。

来客のことなんて考えていない、というより、端から私以外招く気がないのだろう。彼の部屋にある物は何もかもが二人用。たとえばキッチンカウンターのイス。このソファだって二人掛けで、ほかほか湯気立つポメラニアン柄のマグカップすら色違いのペア物。各言う私の部屋もなんだかんだ似通っていて、ちらほら男物が増えつつある。職業柄どうしても頻繁には会えない。だからこそ、離れている間も心のどこかで繋がっているようなあったかい心地になれる連想品は結構嬉しい。


「ありがとね。今日、声掛けてくれて」
「ンな改まって礼言うほどのことでもねえだろ」
「でも一日オフって久し振りでしょ。本当はゆっくりしたかったんじゃないの?」
「……ああ、だからてめえ俺の家がいいっつったんか」


ぎくり。こちらを向いた双眼から「そんなことないよ」って顔を逸らす。途端に湿度を纏った視線が刺さったけれど、別段何を言うでもなくコーヒーを啜っていた。今日もブラックかな。特有のほろ苦さが鼻腔をくすぐる。まるで“ひとりじゃないんだよ”って、彼の存在を教えてくれているかのよう。

静かな湯面へ息を吹きかける。猫舌用に少々冷まし、こくん。舌の上でまろやかに広がる幸福が美味しい。


「なまえ」
「ん?」


振り向くと勝己の視線は伏せっていた。学生の頃以上に大人びた横顔を見つめながら、もうひと口こくん。続きが発せられないのは何を言おうか探しているからか。それとも輪郭だけが整っていて、肝心の伝え方が見つからないのか。まあ、のんびり待とう。どうせ時間はたっぷりある。

どうしたの、と急かすような真似はしないまま、冷めても美味しいんだろうなあってカフェモカを味わっていれば、ゆるゆるずり下がった勝己の肩が傾いた。視界の斜め下方。私に寄り掛かっては静止したクリーム色をおそるおそる撫でてみる。少し不安ながら幸い怒られることはなく、むしろ落ち着いたのだろう。じんわり重みが増した。到底ひとりでは埋まらない心の内側を、穏やかな体温が充たしていく。


深く吸い込んだ息をゆっくり吐いた彼は「……行きてえとこ」と、呟くように声をこぼした。


「どっかねえんか」


たぶん気にしてくれているのだろう。同じ時間を共有出来る機会が、恋人同士としても世間一般的に見ても少ないこと。

そんなの、全然いいのにね。

こうして二人の時間を与えてくれて、お気に入りのカフェモカを作ってくれて、私がいた方がゆっくり出来るって態度で示してくれるなら。これからも変わらず好きでいてくれるって言うなら、私は明日も呼吸を忘れず生きていられる。だから答えはとってもシンプル。


「行きたいっていうか、勝己がいるならどこでもいいよ」

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