択んだ未来がここにある



日曜日のお昼前。皆が各々出掛けたタイミングで、珍しく勝己がおりてきた。「おはよ」って挨拶に、返事のようなそうでないような単音が返ってくる。さっきまで寝ていたのだろう。黒いTシャツとスウェットは良く目にする部屋着だった。


「飯作るんか」
「うん。お腹すいたし」


まな板と包丁、それから野菜が並ぶ私の手元を見た無言の視線が向けられる。勝己もお腹がすいたんだろうか。試しに聞いてみれば頷いたので「じゃあついでだし一緒に作っちゃうね」と着席を促した。どうせ切って炒めて乗せるだけのハンバーグライスにしようと思っていたところ。ご飯も炊けたし、一人も二人も変わらない。

生返事を寄越しイスに座った猫背を見届け、玉ねぎ・にんじん・ピーマンをみじん切りにする。サラダ油を熱したフライパンで前者二種類を炒め、しんなり色が変わってきたら後者と合挽き肉を投入。続けて炒めながら出てきた余分な脂をキッチンペーパーで拭き、いい具合になったところでコンソメスープの素・砂糖 ・トマトケチャップ・中濃ソースを加える。再びざかざか炒め、水分が少なくなってきたら加熱停止。放り込んだバターを余熱で溶かしている間に盛ったご飯へ流し入れ、目玉焼きを乗せて完成。本当はパセリを振ると彩り良いのだけれど、辛党な勝己は大体赤いものをかけるのでやめた。


「お待たせ。サラダどうする?」
「いる」
「トマト入れるね」
「ん」
「お茶とお水とどっちがいい?」
「……てめえと一緒でいい」


たぶん寝起き且つ私しかいないからだろう。暴言ばかりの普段と比べ、ずいぶん素直な返事に頬が緩む。

野菜とハムを適当に切って器へ盛り、酢・塩・砂糖にオリーブオイルを混ぜてフレンチドレッシングの出来上がり。お茶を注いだグラスと共にお盆へ乗せて持っていけば、大人しく待ってくれていた勝己の背筋がちょっと伸びた。


いただきますはしないまま。スプーンにすくわれたハンバーグライスが彼の口へと消えていく。ご飯中は終始無言。私が話しかけない限り、基本なんにも喋らない。ただまあ、文句ひとつ言わずもぐもぐしているあたり、不味くはないのだろう。

サラダを含め綺麗に完食した勝己はお茶を飲み、背もたれへと寄りかかった。私も残りのひと口を平らげる。

手料理を振る舞うのは初めてだったわけだけれど、はてさて。感触的に悪くないことは分かっている。だから今後の参考までに「味濃くなかった?」って聞いてみた。別に色好い返事は期待していない。薄いか濃いか、それだけ教えてくれれば十分。なのに。


「別にこんくれえでいいんじゃねえか。美味かった」


一瞬自分の耳を疑った。まさか、何でも出来て当然料理も上手な才能マンに真っ直ぐ褒めてもらえるとは。


「良くするんか、料理」
「まあ自炊くらいは……親が共働きで基本自分でやってたから」
「なら他のも作れんだな」
「うん。あ、そんな凝ったやつは無理だよ?」
「ハッ、ンなモン言うかよ。美味けりゃなんでもいーわ」


小さく笑った勝己が、自分と私の食器を重ねていく。これはもしかして、気に入ったからまた別のご飯を作って欲しいってことかな。そうだったら嬉しいなあって、のんびり二人分のお茶を注ぐ。


「なあなまえ」
「ん?」
「次俺ん家来る時、ババアに“花嫁修業はいらねえ”っつっとけ」
「、」
「あいつクソほど楽しみにしてやがってうるせ――……おい、茶ァこぼれてんぞ」
「っ、ご、ごめ」


慌てて注ぎ口を上げ「ちょっと台拭き取ってくる!」と席を立つ。まさかいきなりそんな話が出てくるだなんて、もう本当にやめて欲しい。

柄にもなく動揺してしまった鼓動を宥め、火照った顔を冷ますよう。布巾を探すふりをしながらしゃがんだキッチンの陰でこっそり息を吐く。

仮にも同じヒーロー科。演習でタッグを組んだり敵対したり、普段から甘い雰囲気なんて皆無に近い。そのくせ自然と傍にいる。だからついつい忘れがちになってしまうけれど、そういえば私、勝己の彼女になったんだった。

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