嘘は見破られるためにあるように



互いが互いに、抱く想いの深さを良く知っていた。私は勝己が一番だし逆も然り。幼い頃から傍にいて、容易く人を好かない性分を理解しているからこそ、確かめ合う必要性も生まれない。教室なり寮なりが離れていたってなんとなく繋がっていられる。あれやそれでだいたい伝わる。


「良いよねーなまえんとこはさ」
「そう?」
「だって擦れ違いとかないでしょ?」
「まあ。何考えてるか分かるしね」
「はー羨ま」


友人には、こんな風に羨ましがられることが多い。私が在籍する普通科は共学高校となんら変わりなく、教室内にいくつか仲良しグループが出来ていて、当然恋バナだってする。

最初は勝己の輝かしいヒーロー人生において邪魔にならないよう濁していたけれど、(理由がどうであれ)体育祭で一躍有名になった暴君が教室まで私を迎えに来た時点でいろいろバレた。というか、変な憶測が飛び交う前に勝己から『俺の女』発言が出た。そりゃもう好奇の目に晒されたけれど、まあ慣れている。中学の頃なんて『爆豪勝己サマの女』だった。怯えられるよりマシというもの。


「爆豪って独占欲強そうだけど、妬いたりすんの?」
「どうだろ……皆の前で俺のだって牽制したら後は放置かも」
「あーね。なんかさ、彼女としては妬いて欲しくなんない?」
「たとえば?」
「あの男誰だーとか、俺以外見てんじゃねーよ的な?」
「あー……興味はある、かな」
「お、いいね。やってみちゃう?」


ニヤリと犬歯を覗かせて笑った彼女へ苦笑する。どうせ他校彼氏と絶賛倦怠期で暇なだけだろうけど、まあ気分転換がてら付き合ってあげるのも悪くない。そうと決まれば早速行動に移そうと、あれやこれや作戦を練る。活き活きとした彼女の瞳は輝いていて、随分楽しそうだった。




まずは周囲に被害が出ないだろう方法。男性芸能人を勝己の前で褒めてみよう作戦。というわけで普段から一切テレビを見ない私が疑われないよう、この間友達の家でドラマ鑑賞会をしたって設定で挑む。実際、今中高生の間で恋愛ドラマが話題を呼んでいる。主人公の相手役は大人気の若手イケメン俳優。好都合だった。

「なまえ、帰んぞ」って迎えに来てくれた勝己の隣に並び「昨日さ」と、歩きながらつらつら話す。「本当にすっごいカッコよくて、握手会とかもやってるんだって」とか何とかかんとか。我ながら良く舌が回る。けれど勝己は時折相槌を寄越すだけ。歩幅を合わせながら聞いてくれて、寮前に着くなり私の頭を掻き撫ぜてから「じゃあな」と帰っていった。失敗。


次に休日デートのお誘いLINEを先約があるからって断ってみる。誰とどんな用事かって聞いてくれるかどうか試したわけだけれど、返ってきたのは簡素な『ん』。つまり失敗。ちなみに良心が傷んだので、来週の日曜日に約束した。

そうしていよいよ、クラスメイトを巻き込んでみる。勝己の前で談笑したり肩ポンくらいのボディタッチを試みたり、日直当番で男の子と居残った話をしたり。正直ヤキモチを通り越して怒ってしまわないか心配だったけれど、杞憂に終わる。びっくりするくらい無反応。結果なけなしの策は全て実らず、最終的に諦めた。


友人には「あんた本当に信頼されてんのね……」って変わらず羨まれたけれど、果たして本当にそうだろうか。普通は多少なりともモヤモヤするだろう。この私でさえ、勝己がクラスの女の子と楽しそうにしていたらちょっと嫌な気持ちになるものだ。こうも素っ気ないと、逆に不安になってくる。もしかしたら胸に巣食う罪悪感が、そう思わせるのかもしれない。でもやっぱり、なんか悪いことしたよなあ。



ヤキモチ大作戦真っ只中に取り付けたデート当日。お詫びも兼ねて、勝己の部屋前までお迎えにあがる。扉を開けた先で赤い瞳をぱちくりと瞬かせた彼は、一旦壁掛け時計を確認し「遅れ……てはねえな。ンだ、なんかあったんか」と半身を引いた。招かれるままにお邪魔しながら「何もないけど、たまにはいいかなって」と曖昧にはぐらかす。

でも違う。本当はひとつ、聞いておきたいことがある。


「あのさ」
「あ?」
「私のこと、好きだよね?」


上着を手に振り向いた視線が重なる。軽く息を吐いた彼は袖を通し「こないだから何企んでやがんのか知らねえが」と、尻ポケットに財布を突っ込んだ。


「そこはブレねえから安心しろ」


そう、事も無げに片口を吊り上げてみせた。

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