名残の底で息づくように



雨が降っている。朝からずうっと空は鈍色。しとしとぴちゃぴちゃ音がして、時折ガタンと雨戸が揺れる。普段は蒸し暑いなあジメジメすんなあってくらいで、さほど気にならない。が、今日ばかりは憎らしい。

せっかくなまえさんとデートやのに、こんなんどっこも行かれへんやん。

口を尖らせながら、鳴いたスマホを手繰り寄せる。約束の時間まで、まだ三十分。どうせ部活のグループラインが賑わい出したのだろうと思った。既読をつけておかなければ後々主将が恐ろしいことは、以前見ていなかったせいで忘れ物をしたアホツムのおかげで良く知っている。けれど新着通知の一番上にいたのはなまえさんで。


【雨やけど、今日どうする?】


は?どうするってなんやねん。どこ行くってこと?そもそも会うか会わんかってこと?俺はこんな楽しみやのに。

そう卑屈な思考に傾くのは、どうか大目に見て欲しい。だって温度差を感じるのは、これが初めてじゃない。その度に社会人と高校生の壁は、ひどく大きく高いもののように感じる。

会ってはくれていた。遊園地とか買い物とか、そういうデートのお誘いにも頷いてくれる。良い雰囲気になる時ももちろんある。でも、気持ちに答えてくれたことは一度もなかった。好きって言うと、彼女は決まってほんの少し眉を下げ、悲しげに微笑む。治くんにはもっとええ人がおるよ、と、一歩引いて俯く。それでもあんたがええんやって詰めればいいのかもしれないけれど、会うどころか連絡さえ取ってくれなくなってしまったらって怖くてたまらなくて、結局踏み込めずにいる。




会いたい。打った文字を消し【やめとこか】と送信する。すぐに既読がついて、着信画面へ切り替わった。

俺が珍しく引いたもんやから、たぶん焦ったんやろなあ。出たいような出たないような。複雑。それでも彼女が不安に感じてくれたのなら、それはそれでまあ嬉しいと思えてしまう自分を鼻で笑い、通話ボタンをタップする。


『治くんごめん!』
「ええよ。何がごめんなんか分からんけど、雨やもんな」
『そうやなくて、ごめんほんま、私の言い方めっちゃ悪かってん』


案の定、謝罪を紡ぐなまえさんの声は焦っていた。あーあ。こうやって自分が悪いって真っ先に謝れるとことか、やっぱ好きやなあ。

雨の音が混じって聞こえるあたり、窓辺にいるのか。何度かお邪魔した女性らしいワンルームが脳裏に浮かぶ。


『さっき送ったやつ、前電車で行こかって言うてたから、雨やし車あるしどうする?って意味やってん』
「ああ、そやったん」
『めっちゃ勘違いさしてほんまごめん……』
「や、俺も勘違いしてごめん。すぐ電話くれて有難うな」
『そんなんこっちこそ!電話出てくれて有難うね』


ゆるゆる安堵を孕んでいった声色が、綺麗に笑う。顔なんか見えてへんのに、何でこんな分かるんやろなあ。


「ほんなら車出してって言うてええの?」
『ええで。十五分くらい見といてくれる?』
「おん」
『おっけー。すぐ出るわ。また後でね』
「ん」


しとしと。ぴちゃぴちゃ。ガタン。

返ってきた外の音に、そういえば雨が降っていたことを思い出した。

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