しあわせの熱分解性




部屋に来るなりソファを陣取った勝己の視線が、じいっと刺さる。何だどうしたって首を捻ってみても、合わさったルビーは少しも揺らがない。いつもなら大体何でも察してくれるのに、今日はご機嫌ななめなのか。確かに眉間の皺はご健在でいらっしゃる。でも、それにしては静か過ぎる。

やっぱりお茶でも出せってことか。連絡一つ寄越さないまま突然やって来たくせに、なんとも図々しい。有り余るその横暴さをもう少し上手く活かしてくれればいいのに、変なところで見栄を張るんだから男の子って難しい。ちっとも甘えてくれやしない。


何かあったかな。そう冷蔵庫に手を伸ばせば、扉を開ける一歩手前で「なまえ」と呼ばれた。振り向いた視界の中、待っていたのはさっきと同じ。ルビーのような赤い双眼。


「今ジュースいれるから待ってて」
「あ?頼んでねえわ」
「じゃあ何?さっきからずっと見てるけど、私エスパーじゃないから分かんないよ」


せり上がった溜息を呑みこむ。困惑する私を見かねたのだろう。勝己は舌打ちを一つこぼし、ぽんぽんと自身の膝を叩いた。「ん」って短い催促は、たぶん“おいで”って意味。もしかして。

脳裏を過ぎった僅かな可能性に頬が緩む。傍に居て欲しいのか、あるいは膝枕か。付き合ってこの方、どんなに待ち望んでも訪れなかった貴重な片鱗はとっても嬉しい。


彼の隣へ、いそいそ腰を落ち着ける。これで満足か、そうでないのか。心の内側でほんのり次を期待する。でも残念ながら、黙っていれば綺麗な顔が綻ぶことはなかった。むしろ眉間の皺が深まって、思っていた反応と全然違う。


「ンでそこ座んだ」
「え、座れってことかなって思ったんだけど違った?」
「ち……がくねえけどちげーわ……」
「???」


本日二回目の舌打ちとともに俯いた視線。膝へ片肘をつき顔を覆った彼の意図するところは、あいにくさっぱり分からない。私の個性がエスパーだったら良かったなあ。

とりあえず違ったなら退いた方がいいかと立ち上がりかけた時。再び名前を呼ばれ、腰が浮いた。


「っ、かつ、」
「るせえ」


グッと足の間へ引き込まれ、難なく着地。咄嗟に腕をついた先は壁でもソファでもなく勝己の胸板で、私の腰を軽々持ち上げた温もりが彼の腕であったことに気付く。まさかこんなところで、埋まらない男女差を実感するとは。途端に騒がしくなった鼓動がうるさい。演習でタッグを組んだり、こんな風に触れられることだってゼロじゃないのに、恋って忙しい。

目と鼻の先。不満気なルビーが同じ高さで鮮烈に燃える。依然、腰は捕らわれたまま。ちょっと押したくらいじゃびくともしない。どうしていいか本当に分からなくって固まっていたら、その内「腕突っ張んな鈍感」って怒られた。温かい手に後頭部を引き寄せられ、首元へ顔が埋まる。


「ンで甘えてこねえんだクソが……」


未だ騒がしい鼓動の合間。耳元で小さく聞こえた低音に、熱が湧いた。

back - index