はるばる



最早これは本当に扉と言っていいのかどうか分からないくらい大きな扉から顔を出し、黒や茶色、ピンクに赤とカラフル頭ばかりが揃うヒーロー科を覗く。幸い目的であるかっちゃんはまだ帰っていないようで、けれど先に気付いた出久が「なまえちゃん!」と朗らかな声をあげた。

生徒の視線が一斉に集まる中、ちょっと気が引けつつも「やっほ」と片手をひらひら。満面の笑みで寄ってくる姿は、良き弟分だった頃とそう変わらない。いつの間にか背丈も何もかも抜かされてしまったけれど、柔らかな安堵が胸の内を覆う。


「なんか大人っぽくなったね!」
「ありがと。出久はごっつくなったね」
「そう?筋トレしてるからかな」
「いっぱい食べていっぱい寝てる?」
「あ、それもあるかも」
「ふふ」


雄英に入学してこの方、同じ学校だっていうのに出久とは全く会えていなかった。というのも粗方、もう一人の幼馴染兼恋人であるかっちゃんのせいだ。『ぜってえヒーロー科に来んな』って釘を刺されたり、中学を卒業するなり家族と女友達以外の連絡先を消されたり。そりゃもう本気で怒って喧嘩したけれど、なんだかんだ好き者同士。お付き合いは今も継続中。出久に会おうとすると彼がヤキモチむんむんで嫌がる上、私が在籍する経営科も暇じゃない。教室だって棟ごと違う。おまけに良い口実も見当たらない。

そんなわけで結局『一週間前かっちゃんに貸したモバイルバッテリーの返却催促』って理由がある今日、卒業式以来のご対面となってしまった。こんなに喜んでくれるなら、もっと早くにこっそり来てみれば良かったなあ。

ついつい緩む頬をそのままに「ねえちょっと力入れてみてよ」って逞しくなった腕に触らせてもらう。と。


「なんだよお前!彼女いたのかよおおお!!!」


悲鳴に近い声が下から飛んできた。「なになに!緑谷の彼女!?」ってピンクの肌。「マジ!?いつの間に作ったんだよー!」って眩しい金髪。「隅に置けねえな!」って赤い髪。今の今まで遠巻きだったA組の皆がわらわら集まってくる。人の数だけ多様なリアクションに囲まれて、ああ、まずい。出久と二人で顔を引き攣らせ、ちょっと待ってって宥めにかかる。

お願いだからか――


「ッせんだよ散れやクソ共!!!!」


――ちゃんを刺激しないで欲しかったなあ……。

鼓膜を劈いた怒号と轟音。強化ガラスを吹っ飛ばしてしまいそうな勢いの爆発がおさまって、反射で覆った耳を解放する。でも、さすがはプロを志すヒーロー科。中学の頃なら間違いなく全員縮み上がっていた事態なのに「ビックリしたー」なんて平然としていた。どうやら慣れっこらしい。普段からどんだけキレ散らかしてんのかなあ私のかっちゃんは。


「オイコラクソなまえ」
「ハイ」
「てんめえ……ここにゃ来んなって散々言っただろが。何のこのこ出向いとんだカス」
「だってライン送ったのに既読つかないし、どうせそこなんだから行けばいっかって思って」
「全ッッッ然良かねえわ」


ズカズカ大股で詰め寄ってきた吊り目に「めんご」って片手を立てる。もちろんそんなことで許される筈はなく「ナメとんかクソが殺すぞ」と、ドスの利いた声が降ってきた。なんとも圧が強い。間違っても彼女に向ける言葉じゃない。

溜息混じりに肩を竦め、後で出久や備品なんかに被害が出ないよう最善を模索する。大丈夫。これでも彼女歴三年目。伊達に務めあげていない。


「明日出掛けるから貸したモバイルバッテリー返してってのと、あと、ちょっと会いたかった」
「……」
「それにいつも来るなって言うし、もしかしてクラスに良い感じの女の子がいるのかなーとか、色々思うところもありました」
「……アホ、んなモンいるかよ」


眼中にねーわ。

呟くように落とされた声は、目論み通り落ち着きを取り戻していた。いつもの顰めっ面が舌打ちと共にそっぽを向く。このまま帰るのかと思えば通り過ぎ様に腰を抱かれ、自然に反転した体は温かい彼の左側へとお招きされた。まだ皆に自己紹介すら出来ていないけれど仕方ない。今日はこのまま大人しく連れられようと、振り向かないままこっそり手を振る。

廊下へ出た瞬間「え、緑谷の彼女じゃねーの?」と背後で挙がった疑問に耳聡く反応したかっちゃんは、なんとも失礼な渾名を呼んだ後「こいつぁ俺ンだ。次間違えやがったらぶっ殺す」と脅してから再び歩き出した。ヤキモチむんむんだなあって、ちょっと笑ってしまった。

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