戯れで終わらせない



肩を並べてベッドに座り、そこ良いね、ここも良さそうって、今度のデート先を二人で探す。この間新調したらしい人使のスマホは画面が大きくて見やすい。

お昼はどこにしようか。ショッピングも良いけど、のんびりサイクリングに行くのも素敵。そろそろ風が冷たいから、あったかいジャケットとグローブが要るかな。そんな風にあっちへこっちへ逸れていくプランを練っている最中、ふと人使が吹き出した。あ、そのカフェ行ってみたい。そう画面を指した時だった。


「なに?」
「いや、何でも」
「えー気になる。なに、何か可笑しかった?」
「何でもないって」


大したことじゃないから、と言い張る肩に肩をくっつけ瞳を覗き込む。思い出し笑いとかちょっと鼻がむずむずしたとか、そんなことなら別に聞かなくたって良いんだけれど、人使はどうも思考を丸まま呑み込む悪い癖があった。

口を噤んで瞬いた双眼が宙を泳ぐ。やがて困ったように片眉を下げながら首裏を掻いた彼は「分かった。言うから」と、苦笑混じりに肩を竦めた。


「手、さ」
「手?」
「うん。なまえの手、小さいなって思って」


今度は私が瞬く番。美味しそうなお店がたくさん並ぶ画面を前にして、まさか私の手を見ていただなんてびっくりだ。そんなに珍しいかなあ。クラスメイトの女の子達と大して変わらないと思うけど、まあ確かに、男の子である人使からすると稀に見る小ささなのかもしれない。

広げた手のひらを見ていれば――「ほら」。視界に伸びてきた人使の手が、そっと上から重ねられた。もう私の手なんて見えない。二関節ほど長い指。一回り大きく、あちこちに擦り傷や乾燥が窺える甲。女の子とは全然違う、細いけどごつごつしている男の人の手。

繋ぐことはあっても、こうしてまじまじ見比べるのは初めてで。途端に浮上した照れくささが胸の真ん中辺りをくすぐった。「ほんとだ」って誤魔化して引っ込めようと思った。なのに指の間を伝った爪先がそのままやんわり握るものだから、離すに離せなくなってしまった。


「人使?」
「……」


持ち上げた視界の中、すぐそこで細まった菫色が優しく燻る。ゆったり湾曲していく唇に視線が捕らわれ、呼吸を忘れた僅か数瞬。


「可愛い」


温かな体温とたった一言で私の心を乱していった人使は、あっさり手を引っ込めた。寄せていた上体を元へ戻し「雨じゃなかったらサイクリング行って、ここで休憩するか」なんて何食わぬ顔でスマホ画面をタップする。高鳴った鼓動はすっかり置いてきぼり。キスされそうって期待したのに、ちょっとずるくなかろうか。私だけがドキドキしっ放しっていうのは、なんだか悔しい。だから筋肉質な太腿へ触れ、腰を浮かせた。彼が気付く一歩手前。薄い頬に悪戯なキスをひとつ。

瞬きさえなく固まった横顔へしてやったりと笑えば「あのさ……ここ俺の部屋って分かってるよな?」なんて、それはもうがっつり唇にお返しされてしまった。

back - index