結露した吐息



血色の悪い唇から吐き出される息が白い。細い両腕で自分の体を抱き、地に蹲るその足元がパキリと凍る。


『今日の空調、ちょっと寒いね』


演習場に足を踏み入れた時、そう眉を下げて笑ったなまえのことをもっと気にかけてやるべきだった。降って湧いた違和感を野放しにしなければ良かった。後悔したところで今更遅い。ンなこた分かってる。

寒い。冷たい。ごめん。痛い。逃げて。早く。

悲痛な声は、けれど叫びと呼べるほどの質量を保持せず、震えを伴いか細く泣いて――パキッ。真っ白な頬を一筋伝った涙が凍ったその瞬間、ようやっとクソみてえに固まっていた足が動いた。


「なまえ!」
「っ、かつ、」


ダメだと言われる前に氷を踏み砕く。どうすりゃいい。戻った先生を呼ぶ方がまだ賢いか。それで間に合うんか。激流のように次から次へと浮かぶ迷いを全部振り払い、冷え切った体躯を腕に掻き抱く。冷てえとか触りゃ俺まで凍るとか寒いとか痛いとかンなモンより、内臓まで凍っちまう可能性を秘めてるこいつを温める方が、ずっと先だった。


「かつきっ、凍――」
「らねえわクソが。落ち着け」
「でも、っ、」
「焦んな!」


びくりと跳ねた背中をあやし、氷の欠片が付着する後頭部を半ば強引に引き寄せる。


「てめえの個性がどんなモンかくれえ、良く知っとるわ」


発現当時、公園全部を遊具ごとスケート場に変えたこいつの脅威的な個性が暴走する様は、ガキの頃から目の当たりにしてきた。触れたものどころか自分さえも殺しかねないのだから、こっちも気が気じゃない。何かの拍子に暴発するのか、それとも定期的に個性を使ってやらなければ溢れるのか。凍傷で運ばれる度に検査を受けていたが、そのあたりは未だ不明のまま。だからこそ俺を追いかけてきた半面、持て余さないだけの実力を身につけるために、なまえは雄英に来た。

全部知っている。そんだけ傍にいた。ずっと見てきた。だから落ち着け。


「もうガキじゃねえ。自分で抑えてみろ」
「……っ」
「出来んだろ。ここに居てやっから頑張れ」


大丈夫だと強く抱き締めてやれば、パキッ。俺の服に張り付く氷の膜が唸った。しんしんと失われていく熱。低下する体温。皮膚の内側を冷気が這う。内臓が冷てえって感覚は、何度経験しても気持ちわりぃ。けど、恐怖なんざ微塵もなかった。ただ仕方なさと懐かしさだけがそこにいた。そろそろ自立しろやって呆れと、やっぱ俺がいねえとダメだなって優越感が綯い交ぜになる。



やがて、大人しく首元に埋まったなまえの震えがおさまった頃、俺の腰から下が凍ったところで侵蝕は止まった。

黒目が呼んできたらしい相澤先生に「問題ねえ。おさまった」と片手を振ってから轟を呼び寄せる。俺となまえを地面に縫いつける氷は、無理に割ることなく溶かした方が安全だった。おかげで濡れ鼠よろしくびっしゃびしゃになったが、まあ仕方ねえ。


「ごめん勝己……足、動く……?」
「誰の心配しとんだ。てめえよか頑丈だわ」
「……、」
「いちいちしょげてんなや辛気くせえ」


耳を垂れ下げた犬っころみてえな様子に溜息を吐く。湿った髪をぐしゃぐしゃに撫で回してやれば、なまえは凍傷一歩手前だろう真っ赤な指先で俺の服を強く握った。殺してしまうかと思った。そう、腕の中で静かに泣いた。

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