自覚症状
爆豪くんのことが、好きだった。
いつから、なんて分からない。今思えば、きっかけはたくさんあった。気付いた時には目で追っていて、私の鼓膜は、彼特有の荒っぽい声を探してしまう。鮮やかな赤い瞳がほんの少し細められる、ほんの一瞬。私の世界は、色を変える。
でも、爆豪くんはそうじゃないらしい。
私が傍にいると、とても無口になってしまう。緑谷くんに対する時のように言葉数が多くもなければ、切島くんと接する時みたいに口端を上げて笑うこともない。
ああ、とか、おう、とか。そんな相槌ばかりが胸を突く。いっそ、威勢よく暴言でも投げてくれた方が気が休まると思ってしまうあたり、相当毒されているのだろう。私の思考の八割を占めているのは、いつも爆豪くんだった。
「ねえ、ちょっといい?」
「…んだよ」
共用スペースのソファに腰を下ろす。
返事をしてくれた爆豪くんの視線は、テレビに向けられたまま動かないけれど、一応聞いてはくれるらしい。
隣にいることの嬉しさと、振り向いてはくれない悲しさ。皮膚の内側で渦巻くそれらが、なんとも言えない虚しさを生む。
付き合いたいとか、自分だけを見て欲しいとか、そんな、ヒーローを目指す上で必要のない感情に、彼を巻き込むつもりはない。いつからこんなに贅沢になってしまったのか。姿を見かけるだけで嬉しかったあの頃の私は、いったいどこへ行ってしまったのか。
考えたところで、何かが変わるわけではない。戻ることも、進むことも出来ない八方塞がりな私は、じゃあ、何を伝えるべきなのか。せっかく爆豪くんが隣にいてくれる貴重な時間なのに、上手く言葉が浮かばない。
「……」
「……」
沈黙の中、テレビの音と、後ろでご飯を食べている皆の声が、鼓膜を震わせる。
ちらりと窺った爆豪くんの横顔は、とても静かで綺麗で、やっぱり好きだなあと思う。どうせ実らない恋だと諦めてしまえないことが、ただ、苦しい。
やっぱり何でもない。
そう、腰を上げようとした時。顔は動かないまま、すっと細められた赤い瞳がこちらを見た。
「言いてぇことあんなら言えや」
「……うん、ごめん」
「……」
「……」
「……オイ」
「ごめん、えっと、」
「ったく……ちょっと来い」
驚く暇もなく、大きな舌打ちとともに力強く引かれた腕。掴まれている皮膚が熱くて、不安と戸惑いが膨らむ。
ズンズン進む背中は、階段をのぼった先の踊り場で、ようやく止まった。三階と四階の間くらいだろうか。テレビの音も皆の声も、ここにはない。シンとした静寂に包まれて、ひんやりとした空気が肌を撫でていく。
「おら、ここなら言えんだろ。顔色窺ってんじゃねぇわ」
「…うん、ごめん」
「さっきからそればっかだなてめえは」
再びこぼされた舌打ちに、苦笑が浮かんだ。
私が逃げないようにか、未だ掴まれたままの腕が離される様子はなく、適当に誤魔化せるような状況でもないことを知る。こういう時、心臓はうるさくなるものだと思っていたけれど、意外。まるで死んでしまったかのように静かな胸を、そっと掴んだ。
このまま身を寄せて、好きだと言ってしまえば、きっと、いろんなこと全部が終わってしまうんだろうね。
こんな筈じゃなかったのに、不器用な自分が不甲斐ない。
悲しいのは、私一人。
今度はそうなる筈だったのに、見上げた視界の丁度真ん中に映る爆豪くんは、もっと苦しそうな顔をしていた。
「なんで、爆豪くんがそんな顔するの」
「うっせえ。こっちのセリフだクソ…」
眉間のシワは相変わらずでも、小さく揺れている瞳から怒気は感じられず、声にだって覇気がない。
漏れた息を飲み込むように口を噤んだ彼の顔が近づいて、私の肩口へと預けられた額。首筋に触れるツンツンとした髪に、肌が波打つ。
「優しくってどうやんだ…クソ…」
小さく、か細く。まるで呟くように耳元でこぼされたそれは弱々しく、普段の彼からは想像もできない言葉に、耳を疑った。
「優しくしようって思ってくれてるの?」
「……ああ」
「どうして…?」
我ながら、ひどく狡い聞き方だと思う。
でも、予想外の出来事が多すぎて混乱している頭では何も考えられなくて、たぶん、爆豪くんも上手く頭が回っていないから、互いが互いに理解するためにも、これで良かった。
彼の背に、腕を回す。あたたかい人肌。
ぴくりと震えた爆豪くんは、大きく吸った息をゆっくり吐きながら脱力したのち「切島には、みょうじが好きだからじゃねぇかって言われた」と、投げやりな言葉で、静かな私の心臓に血を巡らせた。