ホット・スイート・グッド




ジョギングを終え、部屋に戻った午前九時過ぎ。スマホが光り、届いた通知をタップする。

『かっちゃん今日暇?』

最早お馴染み。目をきゅるんとさせた猫のスタンプは、先月贈ってやってからというものなまえのお気に入りと化していた。

頭の中で時計を回す。経験上、なまえが予定を尋ねてくる日は九割九分デートの誘いだった。シャワー十分に着替え五分。持ってく物はスマホと財布に部屋の鍵。腹はすいたが、まあ昼でいい。俺からの返事が来るまでベッドでごろごろしてやがるだろうぐうたらなまえの準備が約一時間。焦らずに済むよう多少譲歩し、結局『10:40』と送ってタオルを掴んだ。





コンコン。ノック音が響いたのは指定時間丁度。ボディバッグを手に立ち上がり、ノブを下げた向こう側。覗いた自分の彼女に、けれど一瞬呼吸が止まった。白い肌に映える睫毛は長く伸び、ラメ入りブラウンベースの瞼にサーモンピンクの淡い唇。「おはよ」とはにかむその表情を飾る化粧はいつもと同じ。まあ見栄えはするものの、もう見慣れたよそ行き面。ただ――


「……ンだその髪」
「ぅ」


――いつもウェーブがかっている癖っ毛が、重力のまま真っ直ぐ下へ垂れていた。俯きざまに肩からさらさら流れ落ちる様は風に揺れる風鈴か、あるいはストリングカーテンを連想させる。聞けば昨晩蛙女の部屋へ泊まったらしく、朝からアイロンをかけてもらったのだとぼそぼそ答えた。


「やっぱり変、かな……?」


上目遣いの不安を宿した一瞥が、再び床へ着地する。

いっておくが変じゃねえ。普段のふわふわした見たなりも嫌いじゃないが、これはこれで落ち着いていて悪くない。そもそもなまえがなまえであるなら、外見なんて二の次だ。別に見た目がいいから惚れたわけじゃない。むしろそんなんどうでもいい。なんせ唯一無二の絶対的な理解者だった。それくらいの女でなければ元より傍に置こうなどとは考えないし、二つ返事で折角の休みを全振りしてやることだって勿論ない。

けれどそんな胸中をそのまま声に出すっていうのは生まれ持った性格上、どうにも憚られた。素直に褒めるなんざ柄じゃねえし、口にせずとも分かれや俺の反応で、とも思う。が、ぺちゃんこに垂れた耳が見えるほど肩を落として凹んでいるなまえに、何か言ってやりたい気もしてる。ぐるぐる。なけなしの良心が、擽られた男心を味方につけて言葉を探す。


「梅雨ちゃんは可愛いって言ってくれたんだけどさ」
「……」
「私もなんか、違和感凄くて……」
「いいんじゃねぇの」
「え?」
「だから、……たまにはいいんじゃねえかっつってんだよ。そういう髪も」


真ん丸く変貌した双眼。途端に猫のスタンプが思い出され、なんとなくのむず痒さに舌を打つ。刺さる視線が煩わしくて気恥ずかしい。誤魔化しがてら一歩近付き、小さな頭をぐしゃぐしゃ撫でた。

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