瞼の向こうは朝がきてる




ゆったり揺蕩う眠りの淵。昔は暗雲とした靄が忍び寄り、全てが黒く塗り潰されていくようだった。でももう大丈夫。今は違う。彼の部屋で過ごすことを許されてから、寄せては返す波打ち際をぼんやり歩いているかのよう。日が落ちるにつれて体が勝手に鈍くなり、ああ寝なきゃって規則正しい脳内信号が点滅する。そんなに疲れてるわけでもないのにね。せっかく爆豪くんが傍にいる今日に限って、どうしてこんなに眠いのか。

抱き上げられるまま、彼の温度で暖を取る。まるで小さな赤子を寝かせるみたいな優しく手厚い宝物扱い。柔らかなベッドへ下ろされて離れかけたそのティーシャツを、ぎゅっと掴んで引き止めた。


「まだねむくないよ」
「嘘つけ。目ぇ閉じてんじゃねえか」
「とじてない」
「床で寝られっと邪魔なんだよ」
「やだ」
「なまえ、駄々こねんな」
「やだ……」


チッ、て舌打ちは聞き慣れたもの。全然怖くもなんともなく太い首へ腕を回して、ぺっとり引っ付く。ほらこれで目が開いているかどうかなんて分からない。合わさった二人分の心臓が、右と左でとくとく脈打つ。どこか遠くで、とくとく高鳴る。少し黙った爆豪くんは大きな溜息を長く吐き「……まだ怖ぇんか」と、小さく言った。

個性事故に遭ってしまって毎日悪夢を見ていた頃。気付けば夜が怖いって潜在意識が生まれてて、効果が切れた後もトラウマの如く胸を巣食って眠れなかったあの時の私を、彼はまだどうやら覚えているらしい。本当にもう全然大丈夫なんだけれど、ちょっと試しに「そう見える?」って尋ねたら「分かるかクソが」って悪態が耳の横で半分笑った。


「無駄口ばっかで肝心なことはなんも言いやがらねえ女だからな。てめえは」
「ちゃんと甘えてるよ」
「ハッ、どうだか」


乱雑に頭を掻き撫でられ、爆豪くんの体重がぐ、と乗る。重い。全体重はさすがにキツい。背中がシーツに深く沈んで、息苦しさにちょっと呻く。私を押し潰せたからか、それともベッドへ寝かせることに成功したからか。可笑しそうに喉の奥で笑った彼の筋肉質な肩を叩けば、案外あっさり解放された。

すぐ真上。見慣れた天井を背景に、至極ご機嫌な二つの真赤が「まあ心配すんな」と強気に煌めく。


「どっちにしろ、全部俺がぶっ殺してやっからよ」
「ふっ」
「……今鼻で笑いやがったなてめえカスコラ」
「そんなことないよ! 嬉しさが出ちゃったの」


私の彼氏様はなんて頼もしいんだろうって優越的で、くすぐったくて、眩しくて。本当の本当につい笑っちゃったくらい嬉しくて、こんなに大事に愛されて幸せだなあって思ったの。

手が届く距離にある顰めっ面へ「ありがとね」って両手を伸ばし、肌触りのいい頬を包む。


「爆豪くんなら、夜も殺せそう」


指の腹ですりすり目元を撫でてあげれば、心地よさそうに細まった。

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