仕方ないね、可愛い子

※爆豪の幼い妹設定



お昼をとっくに過ぎたおやつ時。ハイツアライアンスは珍しい来客をソファに迎え、それはそれは浮ついていた。タイトスカートからすらりと伸びた美脚を斜めに揃え、八百万が淹れた紅茶を美味しいと絶賛する金髪美女――爆豪光己。粗野な言動が目立ち、クソを下水で煮込んだような性格をしている問題児の母親である。周りには既に大多数のA組が集まっているものの、あいにく面識のある緑谷は不在だった。代わりに息子と良く行動を共にしている切島、それから気さくな上鳴が打ち解ける。「いつも勝己がごめんね」「いえ!とんでもないっす!」「やー光己さん綺麗っすねー」なんて和やかな空気感を――


「おい退けアホ面」


ドスの効いた低い声が切り裂いた。


「ちょっと勝己、友達になんて口の利き方してんの」
「うるせえ。ンなとこまで何しに来やがったクソババァ」
「あんたが全然帰ってこないもんだから寂しがっててねー。ほらなまえ」


光己が視線を落とした先。今の今まで突然変異の個性を使って空間の狭間へ隠れていた小さな女の子が、母の足に縋りながら顔を出した。父親譲りの茶色い髪、母親譲りの白い肌に燃えるような真赤の瞳。少々吊ってはいるものの虹彩が大きく可愛らしい猫目に見える勝己の妹――なまえは、周囲からの視線に怯えながらもしっかりお目当てを見上げ、眉を下げた。


「かつき、おこる……?」
「おこ……っては、ねえ……」
「!」


下唇を突き出してそっぽを向きはしたものの、言葉と態度が一致しない不愛想な兄のことなどとうに分かり切っている。言葉通り怒っていないことを確信したなまえは、ぱあっと華が咲くように笑い、それから一目散に駆け寄った。周囲の人間には目もくれず、まるで勝己以外に用などないと言わんばかり。

腹の底から湧き上がった愛しさに、詰まった息を床へ吐く。そうしてしゃがんだ勝己は、ぴょんと首に跳び付いてきた僅かな重みを許容した。腕を膝裏へ差し入れて、自身の首にすりすり擦り寄る小さな頭を反対の手でうりうり撫でる。顔を上げたなまえは自分と同じルビーを間近に視認するなり「かつき!」と、心底嬉しそうにふんわり笑った。きらきらとした天使のような眩さが、親族含めその場にいる全員の胸を射抜いたのは言うまでもない。なんせ可愛いのだ。目鼻立ちが整っていて、纏うオーラは清廉潔白純真そのもの。もちろん勝己ほどスレてもおらず、子ども特有のあどけなさが母性(あるいは父性)本能を大いに揺さぶる。初めて会った他人でさえ、既にぎゅんっとノックアウト。あまつさえそれが自分一人に向けられているとなれば、いくら兄といえど例外ではない。


「くっそ……」


顔を伏せ、苦し紛れの悪態をこぼした勝己の目元が数瞬和らぐ。ぶっきらぼうながら「幼稚園はどうだ。友達出来たんか」と紡いだ声は幾分優しく「うん! でもかつきいないの、たのしくない……」と分かりやすく寂しがる様に、普段吊り上がることしかしない鬼の表情筋が、ふ、と緩んだ。

そんな兄妹水入らずのほんわか空気に割り込むなんて野暮な真似が出来るはずもなく、各自好む飲み物を手に静々ソファへ腰を下ろすA組メンツ。


「すげえ……妹いるっつーのも衝撃だけど……」
「あの爆豪が……」
「デレデレになってる……」
「妹さんにはいつもあんな感じでいらっしゃるんですの?」
「そうだね。基本どっちも離れないかな」
「爆豪ちゃんにも血は通ってたのね……ケロッ」
「意外やわぁ……」


いつも死ねだのクソだのヒーローらしからぬ野蛮な言動からは想像もつかない一面に驚いて、それでも仲睦まじげな二人を微笑ましく見守る眼差しはひどく柔く、陽だまりのようなぬくみを孕んでいた。

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