わたしの太陽
いろんな個性があるけれど、治癒系は数が少ないらしい。それなら私は重宝されるってわけで、一生職を失うこともないし、誰かを助けてお金がもらえるなら皆ハッピーだよねってことで就職した病院は、思いのほか忙しかった。
若いから、という理由で現場へ派遣されるものだから、休みなんてあってないようなもの。毎日げっそり疲れる心。すり減るような細い神経は、あいにく持ち合わせていないけれど、それでもしんどいものはしんどい。
そんな萎びた私を癒してくれる心の支えは、遠い地にある雄英高校で頑張っている恋人だった。
お疲れ様とか、今日食べた何々が美味しかったとか、爆豪って奴がクソだけど凄いとか、新技が出来たけど長く使えないとか、短い近況報告や他愛ないことをほぼ毎日送ってくれる。たまに写真がついていたりもする。
気を遣っているのか、電話はあまりなくて、寂しいとか会いたいって類のことも全く言わない、出来た男の子。
だから私も我慢しているけれど、給湯室で「鋭児郎に会いたい。鋭児郎に会いたい」と呪文のように唱えていたことが、功をなしたらしい。私の顔を見て眉を顰めた看護師長が、連休を与えてくれた。いつもは鬼なのに、この時ばかりは女神に見えた。
急に会って驚かせようか。ちゃんと事前に知らせておこうか。特急券を予約しながら考え、結局知らせておくことにする。毎日忙しいだろうし、用事があっても申し訳ない。
もちろんそんな心配は杞憂に終わり、すぐに既読がついたかと思えば、嬉しそうなスタンプとともに『すっげえ楽しみ!!』って返事が来た。自然と笑顔になれたのは言うまでもない。
高校の敷地内に入れるよう、申請手続きをしておいてくれるというので、お言葉に甘える。待ち合わせ場所は校門にした。
そうして迎えた当日。
いつもより早めに起きて、顔と髪を整えてから、電車に揺られること三時間。久しぶりに来た街の様子に変わりはなく、鋭児郎と出会った当時のことを思い出す。
一目惚れしました、なんて、今思い返しても凄い殺し文句だ。あまり色恋沙汰に興味はなかったけれど、人懐っこい笑顔と気遣い溢れる男前っぷりに、すっかり心を持っていかれてしまった。
タクシーを拾って、雄英高校の門前で降りる。愛しい赤色は、既に待っていてくれた。
「久しぶり」
「おう、久しぶり」
ぱっと表情が華やいだあと、照れたように笑う鋭児郎が可愛い。
隣に立っているモサモサの黒い男は、学校関係者だろうか。とりあえず挨拶をすれば、身分証明を求められたので免許証を渡す。差し出された用紙へサインを終えると、入校許可証をくれた。これを持っていないと雄英バリアに阻まれてしまうらしい。なんとも厳重なセキュリティーだ。
会釈をしてどこかへ行ってしまったモサモサ男は、担任の先生なのだと、鋭児郎が教えてくれた。あの見た目でプロヒーローなんだね。びっくり。
「荷物持つぜ」
「ん、ありがと。何かちょっとガッチリした?」
「そりゃあ鍛えてるからな!」
嬉しそうに笑った彼に連れられて、寮へお邪魔する。久しぶりに顔を見たけれど、大きな怪我もなく、元気そうで何よりだ。
まだお昼にもなっていないからか、皆の共用スペースだという一階には誰もいなくて、そのままエレベーターに乗り込む。
「ここが俺の部屋な」
「お邪魔しまーす」
初めて入った室内は、なんとも彼らしい内装で、思わず笑ってしまう。普段から散らかさないのか、それとも私が来るからと片付けてくれたのか、机の上まで綺麗に整頓されていた。鋭児郎の良いところをまた一つ知れた嬉しさに、頬が緩む。
隅っこから小さな折りたたみテーブルを出した彼は、どこかそわそわと落ち着かない様子ながらも、美味しいコーヒーをいれてくれた。もしかすると、少し緊張しているのかもしれない。あるいは遠慮しているのか。じぃ、と見つめていれば、途端に泳ぎ出す視線。そんな離れて座らなくてもいいのになあ。
「……鋭児郎」
「ん?」
「こっち」
「えっ」
「ほら、早く」
ぽんぽん、と隣を叩いて催促する。
せっかく久しぶりに会えたのだから、どうせなら近くにいたい。
示した通り、隣に座り直した彼の肩へ凭れると、あたたかな体温がじわりと滲んだ。たったそれだけで、日頃の疲れがすべて吹き飛んでいくように感じる。
「……なまえ」
「なあに」
「その、ありがとな。疲れてんのに会いに来てくれて」
「大丈夫だよ。鋭児郎もありがとね」
「俺は全然、何もしてねえし」
「そんなことないよ。入校申請とか時間作ってくれたりとか、色々してくれたでしょ」
もちろんそれだけじゃなくて、会えない間も多方面から支えてもらっている。鋭児郎が後ろ向きにどうこう思うことなんて、何もなかった。むしろ、あまり一緒にいられないのは私のせいなのだから、ワガママくらいもっと言ってほしいと思う。
マグカップをテーブルに置いて、さっきから一切触れてこない手を握る。ゴツゴツとした、優しくて、あたたかい手。ぴくりと震えた指に私の指を絡めると、驚いたようにこちらを向いた、大きくて赤い瞳。
「私だって会いたかったんだから、今日はたくさん構ってね」
少しの恥ずかしさを押し殺して笑ってみせると、彼の首元が一気に色付く。そうして、心底嬉しそうに眉を下げて笑ったかと思うと、繋いだ手ごと、優しい腕に引き寄せられた。
「すげー好き」
「うん。私も好き」
やっぱり前に会った時よりも逞しくなってるなあ、なんて思いながら、彼の首元に鼻先を寄せる。うりうりと擦り寄ってくる様が、どうしようもなく可愛くて愛しい。
お日様の香りにほこほこと癒されながら、これからは遠慮なんてさせないように気を付けようと、心に誓った。