太陽の輪郭に触れる



休憩に入った阿吽コンピへタオルを届けるべく、体育館の隅を走る。人ひとり分空けて仲良く座っている二人は汗だくで、冷房を強めようか除湿に切り替えるべきか悩んでいれば「まあみょうじちゃんも座りなよ。朝から動きっぱなしでしょ?」って手招きされた。二人の間に。いや私は全然いいんだけど、そこに入ったら完全に暑さ増し増しになっちゃうよね。ただでさえ昨日から降り続いている雨のせいで湿気も凄い。


「いいじゃん。みょうじちゃんのマイナスイオン浴びたい」
「……なまえ、こっち座れ」
「うん……」
「なんで!?」
「お前……今の分かんねえならだいぶやべーぞ」
「いや分かるよさすがに!?分かるけどそんなドン引きしなくても良くない!?」
「うるせえな……」
「辛辣!」


岩ちゃんも浴びたいくせにさー、なんて口を尖らせた及川を横目に、はじめの隣へそっと座る。残念ながらマイナスイオンは出せないし、まあどうせ女の子には華がある的な意味合いだろうとは思うけど、それにしてもちょっと引く。暑さで頭やられてんのかな。はじめが呼んでくれて良かったな。教室でも、こんな風に呼んでくれたらいいのにな。




始業式の日、同じクラスになったら言おうって決めていた玉砕覚悟の告白に、はじめは意外にも応えてくれた。最初はきょとんとしていたけれど、罰ゲームでもドッキリでもないって分かるなり耳まで染めて『お、れでいいなら……』と頷いてくれたのだ。部活が大事なのは私も同じ。マネージャー業を疎かにするつもりは一切ない。優先順位なんて気にしない。そう伝えた末の色好い返事だった。

これは後で及川から聞いた話だけど、はじめも私が好きだったらしい。でも未だ、本人からそんな言葉は出ていない。恋人らしいことも全然なくて、幼馴染と変わらない。ああ、はじめのお母さんに挨拶されたかな。『なまえちゃんが見てくれるなら安心だわ』って、ちょっと気が早すぎるようなことを言われて嬉しかった覚えがある。それくらい。

もちろん大事にはしてくれている。昔から優しい男の子だった。だから恋をしたといっても過言ではない。不器用なのも、あんまり言葉が上手くないのも知っている。でももうちょっとこう……せめて好きって言って欲しいなあくらいの乙女心が、喉で燻る。もしかしてそんなに好きじゃないとか? やだなあ。私はまあ幸せだけど、無理させてたらどうしよう。中途半端な気持ちで惰性的に付き合いはしないと思うけど、それでもやっぱり優しいからなあ。




そういえばさ、と。及川の声に顔を上げる。


「ここだけの話、四組の山田、みょうじちゃんのこと好きらしいよ」
「え?」
「……だからなんだよ」
「別に何ってないけど、そろそろ告白かもって噂あるからさ」


四組の山田といえば、確かサッカー部のスタメンだ。去年、体育祭の実行委員が重なって、ちょっと喋ったような気がする。正直印象は薄いけれど、今朝久し振りに話しかけられて不思議に思ったのは記憶に新しい。

なるほど。そういうことねってひとり納得していれば、はじめが振り向いた。


「なんか覚えあんのか?」
「まあ……今日の朝練終わりに、明日の放課後時間あるかって聞かれたの」
「うわ結構ガチなやつだね」
「……」
「? はじ―――」
「及川ぁー。ちょっとぉー」


私の声が、花巻の呼び声で掻き消える。軽快に返事をした及川はタオルとボトルを置き、コートの中へ戻っていった。一方はじめは眉間にシワを寄せて黙ったまま。どうしたのって首を傾げて小さく手を振ると、気まずげに視線が逸らされた。


「その……なんて答えたんだ」
「山田に? 部活あるけど調整しとくって言ったよ」


私にははじめがいるし、申し訳ないけれど山田のことは全然知らない。だから当然断るつもりでいる。ただ、一応告白する側を経験した身からすると“決心したのに言えないまま”ってのが一番苦しい状態だ。聞くだけ聞いて、真っ向からきっちりお断りするのが筋ってもののように思う。うやむやにしてワンチャンあるかも、なんて勘違いされるのも癪だった。

少なくとも在学中は、はじめ以外を好きになれる気がしない。はじめ以上なんてない。たとえ別れを切り出されても、私の気持ちは残存する。なのに、何をそんなに気にしてるのか。

再び押し黙ってはボトルを手にした横顔を見つめる。視界の中、男の子らしく浮き出た喉仏が上下した。はじめが難しい顔をするのは言いたいことが纏まらないか、言っていいかどうか考えあぐねている時くらい。横槍を入れるのはよろしくないと静かに待つ。やがて呟くようにこぼされた「会うのか」って声は、スパイクやスキール音がどこか遠くに聞こえるほど、ひどく真っ直ぐ鼓膜を打った。


「なまえ」


ぐ、と腕を掴まれて、大きな猫目に射貫かれる。


「俺の方が好きだからな」


凛とした純透明の強い眼差し。たとえば試合のサーブ前に見せるような至極真剣な表情が、鼓動をどくどく掻き立てる。先行したのは驚きで。……困ったな。喉が固まって震えてくれない。嬉しくて、なんにも言葉が浮かばない。

沈黙が数秒続く。途端に恥ずかしくなったのか、はじめの顔が赤く染まって、ついでに私の心の熱もぶわっと一気に高まった。

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