ロマンス始点のストリート




もうカーディガンはいらないな。でもまだちょっと冷えるからブレザーくらいは着ておこう、って、そんな季節。ぽかぽかした春の陽気が心地よく、青々とした芝生の上で食べるご飯は格別美味しい。

風に遊ばれ揺蕩う髪を耳の後ろへ引っかける。瞬間聞こえた声は、足もとから放物線を描くように飛んできた。お天道様もびっくりなほど、それはそれは元気よく「なまえー!」って。


「なまえ! 一緒に食っていーい!?」


坂の下。校舎へ続く舗装された道の上。立ち止まっている男子数人の真ん中で、片手をぶんぶん振っているのが絶賛お付き合い中の光太郎。距離が遠くてはっきりとは見えないけれど、声的にも動き的にも間違いない。思わず笑ってしまいながら、持っていたお弁当を膝に置く。さすがに大声を出すのは恥ずかしい。だから中指の先をくっつけて作った丸印を掲げてみせた。

皆と購買に行った後だろう。ビニール袋をがさがさ揺らしながら駆けてくる小さな姿はぐんぐん大きくなって、そこそこ急な坂だってのに速い速い。侮るなかれ運動部。ドサッと隣へ座った光太郎は、息ひとつ乱れていない。なんだかご機嫌さんで胡坐をかき「ひとり珍しいな」とサンドイッチをあけていた。


「友達誘ったんだけど焼けたくないって嫌がられちゃってね」
「ふーん。じゃあ俺と食べればいいじゃん」
「えっと……誘ってもいいってこと?」
「おう!」


カツサンドを頬張りながら大きく頷いた眩しい笑顔に、ほこほこ浮き立つ恋心。いいなあこういうとこ。好きだなあ。ついつい過程をすっ飛ばすものだからたまに会話が見えなくなるけど、常に真っ直ぐ透明な心はいつも嬉しさを連れてくる。どんな時も明るく優しくあったかく、ぽかぽか心を照らしてくれる。

いつの間に食べ終えたのか。ビニール袋が揺れる音に視線を遣ると、二つ目のミックスサンドが握られていた。購買で美味しいと噂のお品。それもすぐにぺろりとたいらげ、また次があけられる。一体何個食べるのやら。もちろんエネルギー消費量も胃の大きさも私とじゃあ比べものにならないことくらい存じあげているけれど、それにしたってもう五つ目だ。微笑ましいながら、見ているだけで胸焼けしそう。


「光太郎めちゃくちゃ食べるね」
「ふぉ? ふぃんふぁふぁふぇ、」
「はいストーップ。飲み込んでから喋ろ。ね?」
「ん」


こくこく頷く素直な良い子に微笑み返し、私も箸を進めた。

結局おにぎりを含め八種類のご飯をあっさり食べ終えた光太郎は、私が知りたかった普段の話を聞かせてくれた。周りの友達もこれくらいは普通に食べるってことから始まり、放課後も休日もバレーボールに夢中なこと、落ちた時に支えてくれる仲間がいて皆のおかげのエースであること、優秀だけどちょっと変な後輩がいること、お姉さんが二人いること、いつも『光太郎うるさい!』って怒られること等エトセトラ。まだ付き合って日が浅く、クラスメイトでもマネージャーでもない私にとってはひとつひとつが新鮮で、とっても楽しい。

片付けたお弁当を脇に置き、さっきから全然引っ込まない笑みと相槌を交え、ゆったり耳を傾ける。そんでさ、と鼓膜を揺する弾んだ声は、けれど不意にぴたりとやんだ。


「……光太郎?」


不思議に思って隣を見ると琥珀色がそこにいた。ふ、と重なる微かな吐息。一瞬触れた唇が離れてく。目前の光太郎は「びっくりした?」と、照れくさそうにはにかんだ。

正直あまりに突然で、未だ思考を埋めているのは驚きばかり。気恥ずかしささえまるで浮かばず、可愛い反応もままならない。ただ呆気にとられ、上手に震えてくれない声帯で「……びっくりした」と彼の言葉をそのまま借りる。ダメ。本当に頭が働かない。唇の感触だってもう朧気で、勿体ない。でも光太郎はそれで良かったらしい。首裏を掻いたその表情は、なんとも満足そうだった。


「なんかよくわかんないけど、すげえ好きだなって」
「っ〜〜……」


ちょっと何それ、あざとい、可愛い。
ずるいよ、ずるい。

心がじりじり焦げついて、今度は想いばかりが膨らんで―――ねえ、光太郎。私もよくわかんなかったからもう一回、ちょっと長めにお願いしてもいいですか?

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