あなたを振り返ること




わあ絶対これ運動部の男の子くらいしか食べきれないやつ、って一目でわかる大きさの総菜パンに齧りつく腹ペコやっくんに頬が緩む。膨らんだ頬っぺがもきゅもきゅ動き、柔らかな髪色と短さも相俟ってなんだかハムスターに見えなくもない。でも可愛いって表現はやっくんだけじゃなく全男の子に対して失礼にあたるだろうから、間違っても口に出ないよう微笑むだけにとどめておいて、自分のお弁当に箸をつけた。

やっくんはご飯を食べる時、猫ちゃんみたいな瞳をキラキラさせる。部活仲間やクラスメイトとじゃれ合っていると朗らかでとても楽しそうにケラケラ笑って、後輩に教えている時なんかはちゃんとお兄さんの顔をする。同様に、私と過ごしている時は気配り上手な彼氏さんへと変貌するんだから見ていて飽きない。胸が弾んでドキドキしちゃってほわほわする。こういうのを夢心地っていうのかな。それとも幸せっていうのかな。わからないけどとにかく、玉砕覚悟で告白してみて良かったなあって毎日思う。


「そういやなまえさ」
「ん?」
「朝、リエーフとなに喋ってたの?」


聞かれて記憶を引っ張り出す。リエーフといえば、やっくんがビシバシ可愛がっていると噂の新人くんだ。ロシアかどっかのハーフだとかなんとかかんとか。まあそれはおいといて、喋ったかな私……。

既に本日のやっくんで埋め尽くされている脳内を回転させる。確か今朝は朝ご飯を食べていた。そしたら美味しそうにご飯を食べるやっくんの姿が浮かんできてついにまにましていたら、すっかり登校が遅くなってしまった。間に合いはしたけれど、朝練組が教室に戻ってきているくらい遅めの時間で――ああそうだ。扉上に頭をぶつけそうな身長の彼に『あ、夜久さんの!』って声を掛けられたんだった。


「なにってほどでもないけど、初めましてって挨拶して、肌白いねとか背高いねとか……」


思い出しながら答えてハッとする。まずい。やっくんに身長の話はご法度だった。案の定、拗ねるように下唇を突き出した彼は「やっぱ背ぇあるって好感度高いよな」と曇った息を吐く。やだやだ待って。やばいやばい。私は別に身長なんてどうだっていい(むしろリエーフくんぐらいあると首が凄いことになるし声も届きづらくて勘弁願いたい)んだけれど、それを丸まま気にしている彼へ伝えるのもいかがなものか。

パックジュースのストローをくわえた不満気な横顔。男の子らしく上下する喉に自然と視線が向かってしまって、いやいやそんなとこ見てる場合じゃないでしょって自分を律する。これがもしリエーフくんに対する妬きもちだったらそりゃ嬉しいけど、世の中が求める三高(高身長、高学歴、高収入)を私も求めてるって思われるのはすっごく悲しい。私はこんなにも、今のやっくんそのまんまが好きなのに。身長なんか気にしてないのに。

だからなけなしの言葉を探して「やっくん、あのね」って顔を覗く。栗色の綺麗な瞳に私が映る。


「やっくんはかっこいいよ。いつだって私の一番で、これ告白の時も言ったけど、一年の頃からずっと好き」


こんなんじゃだめかなって心配を背に、しょんぼりしながら見つめてみる。でも幸い、数瞬瞠目したやっくんは小さく笑った。片眉を下げ「ごめん。ありがとな」って、目元をほんのり赤く染めてはにかんだ。

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