未来はぼくらの手の中



進路希望調査。机の上にデカデカと横たわる六文字が、今は何より威圧的に見えた。生徒の過半数が進学する中、けれど今のご時世、三流大学を出たところでろくな就職先がないと聞く。国公立くらい行かないと、って、去年大学受験に合格して上京した従姉妹のお姉ちゃんが言っていた。でも残念ながら私はそんなに賢くないし、宮城から離れる気もさらさらない。両親が恋しいとか新しい地が怖いとかそんなんじゃなく、離れたくない人がいる。


「あれ? なまえ?」


静かに開いた前方扉。瞠目した大地は「まだ残ってたのか」と笑った。忘れ物でも取りに来たのだろう。


「進路希望出せてなくて居残りなの」
「あー、そうか。期限先週か」
「そうなんだよね……もう延ばせないって言われちゃった。大地は進学して警察学校、だっけ?」
「おう」
「いいね、素敵。私もなんか夢があればなぁ……」


白紙の調査票には、綺麗な折り目だけがついている。

小さい頃はケーキ屋さんとかお花屋さんとかザ・定番って職に憧れていたけれど、さすがにもう現実を知らない歳じゃない。朝早く出勤し花の世話やら仕込みやら。眠いだろう中、客が来たら笑顔で対応。閉店後も掃除だったりレジ合わせだったり、表面化しない業務の数々が待っている。別に楽をしたいわけじゃないけれど、本当に好きじゃないと出来ないだろうなって思う。それから、好きなことを仕事に選んで成功するのは極一部の運がいい人だけってことも知っている。

だから皆、進学するのかな。やりたいことも向いている仕事も分からないから取り敢えず大卒になろうって。ろくなところがないといっても、全国に支店があるような大企業の応募条件は最低大卒以上だったりするし、新卒採用だって多いはず。自分の頑張り次第かもしれない。でもなあ。やっぱりお金のかかること。 家に負担もかかるしなあ。


「夢か。なまえは現実主義だからな」
「っ違うの、大地の進路を笑ったわけじゃなくて、」
「ははっ、分かってるよ。大丈夫だから落ち着け」


いつの間にかそこにいた、ごつごつとした大きな手。ぽんと頭に乗った重みが髪の表面を行き来する。付き合いたての頃、気恥ずかしさのあまり『髪ぐしゃぐしゃになっちゃうじゃん』と言ってしまった時からずっと、大地は律儀に気遣ってくれていた。

こんな風に、不器用な私がどれだけ言葉を間違おうとも分かってくれて、いつもいつも自然な優しさを置いていく。彼の温度に触れる度、どうしようもなく安心する。たとえば真冬、帰り際に寄って食べる坂ノ下商店の肉まんみたい。


「好きな方を選べばいいんじゃないか? 進学クラスだからって、無理に進学することもないだろ」
「それはそうなんだけど……大地はどっちがいい?」
「どっちって?」
「大学生の彼女か、社会人の彼女」
「選びづらいな……」


眉を下げて笑う困ったような表情に「だよね」って苦笑を返す。分かっていた。人に選んでもらうようなことじゃない。これくらい自分で決めないと、大地の隣へ立つに相応しい大人になんてなれっこない。

だから返事は求めなかった。別になくて良かった。なのに少し考える素振りを見せた低声は「正直、なまえならどっちでもいい」と答えてくれた。「まだ偉そうなことは言えないけど」って続いた言葉が、私の視線をすくい上げる。


「幸せにするよ」


そのつもりでいる。だからなまえは安心して好きな方を、出来るだけ悔いがない方を選びなさいよ。

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