甘やかしたいからこっちにおいで



「おいで、なまえ」


悠仁くんがシーツを叩く。地べたに座れば肩上くらいの高さのベッド。先に寝転がった悠仁くんが、ぽふぽふシーツを叩いて急かす。お風呂もご飯も歯磨きだってとっくに済ませ、眠る準備はもう万端。待ちきれないとでもいうように「ほらなまえ」と私を呼ぶ。

まだご飯を食べる前、そのへんで寝るから気にしないでって言ったことは、どうやら覚えちゃいないらしい。そういえばあの時聞いた返事はうんともおうともとれないような、ひどく曖昧なものだった。もしかしたらお腹が減りすぎて、本当は聞き取れていなかったのかもしれない。なんか言ってんな、とりあえず反応しとくか、みたいな。

いいよ。今日はいっぱい頑張ったもんね。たくさん動いて、たくさん祓って。低級ばっかりだったけどなんせ数が多くて多くて、私も結構疲れたよ。帰る気力も殆どないくらい一生懸命戦った。だからこうしてご褒美に、パジャマもアメニティも全部揃った綺麗なビジネスホテルで過ごせてる。ダブルベッドしかあいてなかったけど君ら付き合ってるんだしいいよねって、なぜか大いに青春を後押しする五条先生の計らいだ。本当にこの部屋しかあいていなかったかは甚だ疑問なところだけれど。




ぽふぽふ、ぱたり。定期的に上下していた手が止まる。そうしてだんだん下がった眉尻と口角。比例して尖った口。誰のせいかは言わずもがな。いくら呼んでも腰を上げない私のせい。

しょげているようでいて拗ねているようにも見える悠仁くんは、けれど諦めが悪いらしい。


「なあ、なんでこねえの? 一緒に寝んの嫌だったりする?」
「嫌だったら付き合ってないよ」
「じゃあなに……なんもしねえよ? 俺」
「ぎゅーも?」
「それはしたい。けど、……なまえが嫌なら我慢します」


たとえるなら耳を垂れ下げたわんこのよう。とうとう完全にしょげてしまった悠仁くんに、仕方がないと立ち上がる。家とは違ったなめらかなシーツに膝を滑らせ、彼から少し離れた位置へ座り込む。こちらを見上げた榛色が物珍しげに丸まって、それからふはっと吹き出した。


「顔真っ赤」
「……」


途端に沸き立った熱情が、顔だけじゃなく指の先まで駆け巡る。半面、ああやっぱり顔に出ちゃってるかって、どこか冷静な私もいる。さっきまで平静を装えていたはずなのに、あれれ。おかしいな。まあ悠仁くんが嬉しそうだから良しとしようか。

今度はシーツを叩くことなく隣へ呼ばれる。さっきよりは随分近しい距離なのに、けれど彼は不満らしい。もう待てないと言わんばかりの手が伸びてきて「こっち」と引き込まれた腕の中。悠仁くんの体温だとか、頭の下の筋肉質な腕だとか。胸を打つ気恥ずかしさのそれぞれに、鼓動がどくどくうるさくなった。

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