さればこそ言葉にすべきは愛



「ごちそうさまでした」
「ん、お粗末さんでした」


左下から聞こえた声に視線を落とす。いつの間に食べ終わったのか。隣で寝っ転がっている悠仁は、呼応するようにこちらを見上げた。大きな瞳に「美味しかった」と微笑めば、みるみるうちに破顔する。なんとも無邪気で嬉しそう。伸ばした指で、可愛い色の短い髪をくしくし撫でる。食べたばっかりなのに、そんなごろごろしてたら牛さんになっちゃうよ。まあ体脂肪率一桁の締まった体は、ちょっとやそっとじゃたるまないだろうけど。

グラスの残りをこくんと飲み干す。

こうして悠仁の部屋でご馳走になる夜は少なくない。ひと月ほど前に誘われてからというもの、都合が合う日は一緒に、が恒例になっている。なんでも『作りがいあるし楽しいし、なまえが美味いって笑ってくれんの結構好き』らしい。言葉通りご飯はずっと悠仁が作ってくれていて、言わずもがなとっても美味しい。レパートリーも豊富だし、リクエストだって二つ返事で叶えてくれる。おう、任してって。最早私の体は悠仁の手料理で構成されているといっても過言じゃない。いや、悠仁に生かされている、かな。ちょっと重いか。まあだいたいそんな感じ。たとえ任務が入って一緒に食べられなくたって、なんとなく内側に悠仁の存在が感じられるから幸せだ。離れている間も、彼は私を満たしてくれる。


「いつもありがと」
「いいよ。俺が好きでやってるし」


はにかみ笑いを見下ろす角度が深くなり、さっきよりも距離を詰めた悠仁の腕が伸ばされた。まだ寝っ転がるには早いけど「なまえ」と呼ばれてしまっては仕方ない。悠仁のこんな甘えた声、きっと知っているのは私だけ。野薔薇も伏黒も知りっこない、私だけの可愛い人。悠仁から見た私もたぶんそう。だって今、嬉しくってどうにかなりそう。われながらよそでは絶対見せない顔をしていると思う。

食器の片付けは後回し。見た目以上に厚い体へ、それでも負担をかけないよう、努めてゆるやかになだれ込む。部屋着越しに触れ合う肌から移った熱が、互い違いに混ざり合う。もうどっちの温度か分からない。どっちの鼓動がうるさいのかも、はっきりしない。悠仁のにおいが鼻腔を占める。逞しい腕にぎゅうっとしっかり抱き締められて、「全然平気だから力抜いて」って背中を優しくとんとんされて。

ねえ悠仁。私今、世界一愛されてる自信があるよ。そう思わせてくれるあなたが宇宙一大好きだよ。


「なーなまえ」
「んー?」
「次は何食べたいとかある?」
「んー……お味噌汁飲みたいかな」
「まさかの汁物。好きなの?」
「うん。毎日欲しいくらい」
「ふはっ、そんなら毎日味噌汁つくってあげるよ」
「ほんと?」
「ほんと」
「私にだけ?」
「ん。なまえにだけ」
「……嬉しい。すき」
「俺もすきー」


ねえねえ、ご満悦な笑い声はとっても可愛いんだけどさ。知ってる? さっきの、プロポーズの言葉なんだよ。ちょっと古風な言い方だけど。

そう言ったら驚くだろうか。それとも、知ってるよ、ってことも無げに頷くのかな。この際どっちでもいいけれど、どっちかっていうと後者の方がちょっぴり嬉しい。だって、私とのこれからを描いてくれているってことだ。付き合って間もない頃、未来の話にどこか消極的だったあの悠仁が、ごく当たり前に、ごく自然に。それって幸福の中にいるからこそで、つまり私が、悠仁をちゃんと幸せに出来ているって証明だった。

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