この青さがやがて灰になろうとも



いつもの笑顔が元気100%だとしたら、今日の悠仁は65%くらいに見えた。たぶん伏黒も野薔薇も気付いてる。気付いたうえで何も言わないままでいる。自分たちの役目ではないと判断した二人分のジットリ視線が、ほらお前の出番だぞって、さっきからちらちら飛んでくる。

もちろん、アイコンタクトでそんなに教えてもらわずとも分かってる。なんなら今朝の挨拶時点で、既に違和感はちゃんといた。でもせっかく悠仁が笑顔を取り繕って普段通りを装っている――もっとも本人にそんな気はさらさらないかもしれないが――のに、即バレしたとなれば、それはそれで追い詰めてしまいかねない。だから待ちに待った放課後に「ねえ悠仁」って呼び止めた。先を行く伏黒と野薔薇に着いていってしまわぬよう、席を立った赤い袖口を捕まえる。


「昨日ちゃんと寝た?」
「? おう。十時には寝たよ? 起きてると夜中に腹減るしさ」
「あー分かる。体調も問題なし?」
「だいじょーぶ。なに、すっげぇ気にしてくれんね」


やっぱり空元気を感じさせる65%の寂びれた笑みが痛々しい。宿儺に何か言われたのか、夢見でも悪かったのか。

人を殺したと打ち明けてくれたあの日以来、悠仁は時折どこか遠くを見るようになった。この違和感が果たしてその延長線であるなら寄り添うことは難しくないけれど、もし違うなら――私が知らない、彼の優しい心を蝕む何かがあるのなら、みすみす見逃すわけにいかない。


「悠仁」
「ん?」
「しんどい?」
「別にいつもと変わ、」
「悠仁」


誤魔化そうとする半笑いを、努めて優しく遮った。揺れた瞳、詰まった喉、声の振幅。そんな些細なひとつひとつが異常事態を自白する。

一歩踏み出し、悠仁の伏せった視界へ入り込む。今にも泣き出しそうな榛色が瞬いて、それから今日初めて素直に苦笑した。


「敵わんなほんと。なんで分かったの?」
「悠仁マスターだから」
「あーね。さすが俺のなまえ」
「でしょ」
「うん。ありがと」
「どういたしまして」
「……あのさ、すげぇ変なこと聞くんだけど、なまえはさ」
「なに?」
「俺が、……俺がもし地獄へ堕ちるとしたら、一緒に来てくれる?」


全く予想していなかった現実味のない質問に、今度は私がぱちぱち瞬く番だった。

きっと天井を突っ切るくらいの徳を積んできているであろう善人が、まさか地獄だなんてあるわけない。いくら致し方なく人を殺しているとしても、同じ数以上の希望と救いを与えながら生きている。特級呪物を飲んだのだって、伏黒含め一般市民を守るため。でも今、悠仁の胸につっかえているのはそこじゃない。やっぱりこれは宿儺に何か言われたなぁ、って確信する。呪いの言葉に胸を痛めるなんて、全くもう。微笑ましいんだか情けないんだか。

胸の内。決して表には出ないよう、こっそり笑う。そうして未だ私の反応を窺っているなんとも寂しげな双眼に、しっかり頷いてみせた。もちろん行くよ。地の果てだろうと地獄だろうと、悠仁が私を求める限り、どこまでも。

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