だれにも邪魔されない
夜更け



目が合った。それだけ。甚爾はテレビを見ていて、私はお風呂からあがったところ。話しかけたわけじゃなく、穴があくほど見つめていたなんてこともない。ただ顔を上げたら目が合った。たったそれだけの瞬きのうち、体ごとこちらを向いた彼の片手が“来い”と呼ぶ。器用に口端を吊り上げながら、膝を叩く。


「いいの? まだ髪乾かしてないけど」
「きてぇんだろ?」
「エスパーみたいだね」
「オマエが分かりやすいだけだ」


決してそんなことはないと思うけれど、せっかくの申し出を断る理由はどこにもない。差し出された手にいざなわれ、男の硬い膝上へとお邪魔する。「もっとくっつけよ」と後頭部を引き寄せた甚爾は、さも可笑しげに喉の奥で笑っていた。まだ乾かしてないって言ったのに、どうやら自分の服が濡れることなんて気にもしないたちらしい。それ私が買ったやつなんだけどなあ。まあいっか。

湿った肌に視界を塞がれ目を閉じる。鼻腔を包む淡い香りはおそろいで、触れた箇所からじんわり滲む互いの温度が混ざり合う。あたたかい。きっと筋肉質だからだろう。彼の体温は、いつも私より遥かに高い。

鼓膜の傍で頸動脈が波打って、這い寄る安堵にだんだん力が抜けていく。タオルをすくった無骨な指が、髪の水気をとっていく。


「慣れてるね」
「そうか?」
「うん」
「……」


いくぶんぬるくなった温もりが、耳後ろからおりてくる。えらを伝って顎を過ぎ、やんわりくすぐり離れてく。

「なまえ」
「ん……?」

呼ばれるままに見上げれば、なだめるようなゆるいキスが降ってきた。


「オマエにしかしねーよ」


目前で、ふ、と笑った吐息が落ちてもったいない。食べるように口付け返せば、分厚い舌に捕まった。言葉も温度も何もかも。欲しいものを欲するままに与えてくれる甚爾の熱が、私の心を甘やかす。そうして今日も夜が更ける。

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