愛し足りないので終われません



真正面から見つめられ、恥ずかしくって俯いた。きゅうっと心臓が縮まって、体が火照ってしかたがない。お風呂上がりだからかな。いや違う。そうじゃない。うっかり他所へ逃げだしかけた思考の端を引っ掴んで座らせる。


「たかなぁー」


なまえ、と呼んでいるような舌っ足らずな甘い音。うるさい鼓動が耳を塞ぐ。そのくせ棘の声だけは、やけにしっかり拾えてしまう。いっそなんにも聞こえなければ、こんなにドキドキしないのに。ううん、ごめん。うそ。うそうそ。ドキドキしないなんてやっぱ無理。

そっと首筋へ触れた手が、私の輪郭をゆっくりなぞる。自身の膝だけ映る視界が、すうっとなめらかに上昇する。まるでエレベーターみたい。最上階で待っていたのは至近距離の棘だった。思わず息を呑んだのは言うまでもない。瞳がきれい。睫毛が長い。白い肌に際立つ呪印がかっこいい。普段あんまりお目にかかれない唇が、私の心をはち切れんばかりに掻き乱す。

どうしよう。心臓出そう。こんなに緊張するんならキスがしたいなんて言うんじゃなかった。自然とムードが出来上がるまで、欲張らないまま待てばよかった。


「と、とげ……」
「おかか」


待たない、待てない。どっちだろう。

迫る瞳へ反射的に目を瞑る。きゅっと引き結んだ唇に、やんわり触れた薄い皮膚。レモンの味を知る間もなくすぐセカンドキスを与えられ、四度目くらいで長くなる。待っているだけでいっぱいいっぱいの私と違い、どうやら棘はずいぶんプレイボーイらしい。

押し返そうと伸ばした片手が握られて、ちょっと、とこぼした音ごと優しい舌に捕まった。口腔で絡まる吐息が熱を生む。なんだか別の生き物みたい。脳がじんわり痺れていって、なんにも考えられなくて。それでも用意された息継ぎだけはちゃんとわかって、幸福感が染み渡る。


「――は、っ……」


もう唇ふやけちゃったんじゃないのってくらい、すっかり溶かされきった頃。ようやく離れたぬくもりに名残惜しさが浮上する。恥ずかしい。でも嬉しい。もっとして欲しいって願ってしまう。

うっすら開いた狭い視界で、棘の瞳が細まった。


「……すじこ」


もう一回。たぶんそんな意味合いで囁く声に頷いた。

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