心臓を火照らせた冬
毎週日曜の午前十時。開店と共にやってくる彼へお見舞い用の花を見繕うのは、もう恒例になりつつある。
全部任せる、なんて無茶振りに最初は困ったけれど、回数を重ねるごとに楽しさばかりが浮かぶようになった。それに、お見舞い先である彼のお母さんは『今日も素敵ね』と、香りまで楽しんでくれているらしい。こんなに嬉しいことって、きっとない。
「先週のアレンジも喜んでた」
「そっか。気に入ってもらえて良かった」
「本当ありがとな。お母さんが笑うのは、なまえさんのおかげだ」
「そんなことないよ。焦凍くんが来てくれてるってだけで、お母さん嬉しいと思うよ」
「そう……だったら、良いな」
嬉しそうに伏せられた瞼。綺麗な顔立ちに見合った長い睫毛が、ほんのり際立つ。
焦凍くんのことは、あまり知らない。お姉さんとお兄さんがいること。近くの大きな病院にお母さんが入院していること。本当にそれくらい。歳も知らないし、個性も知らない。あくまで焦凍くんはお客さんで、私は花屋の一スタッフ。このカウンターのように、彼と私を隔てる壁はそこそこ厚い。筈なんだけれど、最近は結構、焦凍くんの方から歩み寄ってきてくれる。
今だってそう。違った色の双眼に映っているのは、私だけ。真っ直ぐに向けられるその眼差しが、どうしようもなくくすぐったい。
「今日も閉店までいんのか?」
「うん。来てくれるの?」
「ああ。送る」
「ありがと」
お釣りを渡して「待ってるね」って微笑みかける。瞳を瞬かせた焦凍くんは、しっかり頷いた。
開店前に花を見繕って、開店と同時にやってきた焦凍くんのお会計を済ませ、お見舞いに向かう背中を見送る。それから接客や花の世話なんかをこなし、閉店作業を終えたら、外で待ってくれている焦凍くんと帰路につく。
ここ数ヶ月。雨の日も風の日も、私の日曜日はずっとこんな感じ。
週末のご褒美みたいだなあって、高い位置にある綺麗な横顔を窺いながら嬉しさに浸る。いつも車道側を歩いてくれるのは、無意識なのか気遣いなのか。
「後ちょっとで年越しだね」
「もうそんな時期か。早えな」
「ね。あっという間」
「年末は休みか?」
「ううん。ネット通販もやってるから、三十一日までフル出勤です」
「大変だな」
「でも、年始三日間はお休みだよ」
指を三本立てて笑ってみせれば、焦凍くんの口元が小さく和らいだ。「そうか。良かった」って優しい声が、鼓膜に泥む。
「休みまでに、ちょっと時間くれねえか?」
「良いけど、何? お花?」
「まあ……それもある、けど……」
「けど?」
なんとなく立ち止まると、焦凍くんも止まった。二人分の足音がやんで、しんとした静けさが辺りを包む。一体どうしたのか。てっきり休暇期間中の花をお願いされるものだとばかり思っていたけれど、どうやらそれだけではないらしい。
珍しく歯切れが悪いのは、言い方を迷っているからか、言いにくいことだからか。それなら別に、今じゃなくて良いと思う。理由なんか聞かなくたって、私の時間くらい、焦凍くんの為ならいくらだって作れる。
そう口を開きかけた瞬間と、彼の言葉が降ってきたのは、殆ど同時だった。
「好きだって伝えてえ」
鼓動が止まるまで、一瞬。
ねえ。待って。
こんなの。どうしよう。
回らない頭と思考で、彼の台詞をゆっくり咀嚼する。好きって、確かに聞いた。私のことで良いんだよね。それを言う為に、私の時間が欲しいってことで間違ってないよね。
ああ、どうしよう。
理解が追い付くほど、顔が火照って仕方がない。
橙色をした街灯の中。二人分の影が、微かに揺れる。
「……今、伝わったよ」
「え?」
「その、好きって」
自分で言ったくせに、きょとんと瞳を丸めた焦凍くんは、たっぷり間を置いて「……あ」と音をこぼした。もう天然だなあって吹き出してしまったのは、どうか大目に見て欲しい。だって答えなんて、言わなくても分かるでしょ。焦凍くん。