君と融解



カチカチ、カチカチ。

問題と睨めっこしながら、シャーペンをノックする。ここはこうだからこの公式を当てはめて、そしたらここの答えが出るからそれを応用して――なんて考えながらペン先を走らせて、気付いた。芯がない。


「かっちゃん」
「あ?」
「そこのシャー芯取って」
「ったく、自分で取れや」
「ごめんて」


相変わらずの憎まれ口。それでも脇にある芯の入れ物を取ってくれるあたり、今日は機嫌がいいらしい。苛立つ相手がいないからか、雑音がないからか。

思えば昨晩『一人だと進まないから、一緒にテスト勉強してくれない?』って私の申し出に『昼からならいい』と快諾してくれた時から既に、彼の機嫌は悪くなかった。



カチカチ、カチカチ。

シャー芯の補充を終えて、お礼と共に差し出す。問題を解いている最中なんだろう。顔を上げないまま伸ばされた指先が、ちょっぴり触れる。瞬間、びくうってかっちゃんの肩が跳ね上がった。あんまり唐突だったものだから、私もびくうってなった。肩吊るかと思った。


「……てめえの手か」
「はい?」
「今触ったくそ冷てえモンはてめえの手かっつっとんだコラ」
「ああ、うん。冷え性なの」


ほら、と手を広げてみせる。目前のかっちゃんはもの凄い顰めっ面だけれど、まるで握手するみたいに握ってくれた力も温度も優しかった。


人より高い体温が薄い皮膚越しに伝わって、じわじわ滲む。「そっちも寄越せ」と軽く指で催促され、大人しく両手を机の上に出せば、まとめて包まれた。私より一回り大きな手のひらから、言いようのない安堵が広がっていく。

霜焼け寸前だったのか、ちょっとじんじんすると同時に燻された恋情が、むずがゆくて堪らない。



恥ずかしさとくすぐったさ。その双方を誤魔化しながら、つい緩んでしまいそうな頬を保つ。「こんなんで大丈夫なんか?」なんて。「おい、なまえ? 聞いとんか」なんて。弱ったな。今日は本当に機嫌がいい。ちょっと甘えてみても許されるかな。


「かっちゃん」
「んだよ」
「温めてくれるのは、手だけ?」
「……」


ほんの少し見開かれた赤い瞳。それから、私の言わんとしていることを理解したのだろうかっちゃんは、意地悪く口角を上げた。

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