このまま雨がやまなければいい



「みょうじ?」


スマホから、顔を上げる。まるで一直線。いろんな音を跳ねのけて真っ直ぐ届いた声の持ち主は「やっぱり」と、二歩先で止まった。


「帰らねえのか?」
「……傘、忘れちゃって」
「あー……急に降ってきたしな」


相澤くんにつられ、同じように空を仰ぐ。途端に外の音が流れ込んできて、どんより曇った灰色が天井のガラス越しに滲む。土砂降りってわけではない。でも、走って帰れるほど小降りでもない。ブレザーが濡れるのは嫌だった。


「これから自主練?」
「まあ、そんなとこだ」
「私もそうしようかなあ」
「職員室に貸出用の傘がなかったか?」
「売り切れだったの」
「それは……ご愁傷さまです」
「どうもです」


軽くお辞儀をし合って、ちょっと吹き出す。この相澤くん特有の空気感と、気のない三白眼が好きだった。だからだろう。彼が言葉を発する度、周囲の雑音が膜一枚隔てたように遠くなる。だんだん強くなってきた雨足さえ、気にならない。


出来ることなら、このままずっと話していたい。傘がないって口実で、雨がやむまで傍に居たい。声を聞いていたい。同じ空間で息がしたい。

なんて、贅沢にも程があるかな。彼の時間を奪ってしまいたいわけではない。でも、もう少しだけ。たったの少しだけ。だって雨がガラスを叩く中。相澤くんの声が、なぜだかとっても綺麗に響いて心地がいい。



「結局どうすんだ」
「自主練?」
「ん」
「どうしよう。相澤くんの見ててもいい?」


高い位置にある三白眼が見開かれる。

ダメ元だった。邪魔をする気なんて更々なくて、一瞬でも渋った顔をするようなら、あっさり引くつもりだった。なのに、意外そうに瞬きをした彼は「なら手合わせしてくれ」と小さく笑った。

断る理由はどこにもなくて、ただ、胸がとくり。

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