未来はあなたの手の中



未来が見えるっていうのは、良いことばかりじゃない。疲れるし、酷い光景が見える時もあるし、どう頑張ったって救えないものがあったりする。誰かが泣いていたり、身近な人が危険にさらされていたり、あるいは自分がその元凶だったり――。

この間演習中に見えてしまった未来なんて、正にそう。

狙われているのは私で、敵が欲するのも私。そのためにいかなる犠牲も問わないのが、敵たる所以。私のせいで傷付く皆の姿に、ただ呆然としたのは記憶に新しい。おかげで先生に怒られてしまった。でもそんなことより、突きつけられた現実がひどく痛かった。悲しかった。ヒーローになりたいなんて夢ばかり大きくて、まだ何も出来ない赤子同然の自分が、とても情けなかった。


あれからずっと、悩んでいる。誰にも知られず、ひっそり静かに消えるにはどうすればいいんだろうって、窓の外を眺めながら考えている。

教室から見えるこの景色とも、もうすぐお別れ。だって、皆が傷付くくらいなら私なんていない方がいい。


ヒーロー向きではない個性に生まれ、それでもヒーローになりたくて、今までたくさん頑張って努力してやっとの思いで受かった雄英だけれど、仕方ない。押し殺すことは得意だった。もっと弱くて小さかった頃でさえ、見殺しにした未来へ目を瞑ることは、そう難しくなかった。私の夢以上にどうでもいいものなんて、きっとない。全部、仕方がない。

分かっているのに食事が喉を通らなくて、お腹もすかないのは困った。ここ二、三日、時折呼吸の仕方を忘れてしまう。


ああ、吐きそう。



「ごめん、ちょっと保健室で寝てくる」
「えっ、大丈夫? 送ってこうか?」
「ううん、大丈夫。ありがと」


無理しないでよって心配そうに下がった眉。A組は素敵な人達が揃ってるなあ。微笑んで、教室を後にする。

見回り中か、お食事中か。向かった先の保健室に人の気配はなく、一番奥のベッドへ潜り込む。ひんやりしている毛布もシーツも、私の体温ですぐに温かくなった。




変えられない未来はない。凄惨な未来が見えても、今の自分が動くことで未然に防げるかもしれない。

そう気付かせてくれたのは勝己だった。横暴だけど優しくて、実は誰より私を気にかけてくれる強い人。あんな風になりたいって思わせる人。世界で一番、好きな人。


夢を諦めることも学校を辞めることも割り切ってしまえるのに、それでもこんなに調子が悪いのは、彼と会えなくなるからかなあ。

なんてぐるぐる思考を巡らせていたら、カーテンが揺れた。噂をすれば何とやら。


布団から顔を出して「どしたの」と、声をかける。何も言わず眉間のシワを深めた勝己は、どっかり脇のイスに座った。心配して来てくれたにしては随分と怖い顔だ。


「何かあったの?」
「そりゃてめえだろがクソなまえ」
「ちょっと吐き気が止まんなくって」
「そっちじゃねえ。そうなってる原因の方だカス。三日前くれえから死んだ顔しやがって……俺が気付いてねえとでも思っとんか」


ああ、なるほど。どうやら、私が何も言ってこないものだから痺れを切らして問い詰めに来たらしい。これは適当に誤魔化しても、しらばっくれんなって怒られるやつだ。嫌だなあ。こうなった勝己は結構強情で、怖いくらい冷静だったりする。

話を逸らそうとしてみたけれど、胸ぐらを掴んで無理やり起こされた挙句、腕の中へ引き込まれては何も言えなくなってしまった。本当、こういう時すら頭が良くってずるい。私がこの温もりに弱いことを、彼は知っている。だからこうして抱き締めてくれる。普段はせがんだってしてくれないのに、ずるい。


「何見たか言え」
「……」
「なまえ」
「……見たのは、確定事項なんだね」
「あ? 違えんか」
「ううん。違わないけど、何でも知ってるなあって思って」
「おい」
「ん?」
「はぐらかしてんじゃねえ。殺すぞ」


見上げた先の真っ赤な瞳は、珍しく静かに怒っていた。ちょっと吃驚したけれど、それもこれも全部私のため。もうすぐ昼休みが終わるっていうのに全く動こうとしないのも、私のため。


適わないなあって、苦笑する。首元に顔を埋め、触れている皮膚から伝わる心音に息をつく。勝己の音は安心する。

胸に溢れるのは"離れたくない"って想い。ここで"皆とヒーローになりたい"って夢。"諦めたくない"って我儘。勝己に話せば"どうにかなるかな"って、淡い期待。


「敵がね、私を狙って攻め込んでくるの。先生も皆もボロボロで、見てられないくらいで、」
「だから自分が雄英から消えようってか?」
「それが一番、皆が傷付かなくて済むかなって」
「はっ、くだらねえ。確かに雄英側の負傷はなくなるだろうが、全員胸くそわりぃわんなモン」
「まあ……そうだけど……」
「武力が足りねえっつーなら、プロなり何なり外から呼びゃあいい。そんための未来透視だろうが。つーかそもそも、俺は怪我したところで死なねえし負けねえ。何があっても俺が守ってやる。だからてめえは、ただしっかり食ってしっかり寝ろ」


分かったかカス。

耳元で響いた声は、呆れを孕んでいた。なのに、ぎゅうっと抱き締め直してくれた腕は優しくて、私が耐え切れずに泣き出してしまっても、チャイムが鳴っても、リカバリーガールが戻ってきてわたわたしても、ずっと体温を分け与えたまま捕まえていてくれた。

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