甘い果実に魅せられて
少し前から付き合い始めた爆豪くんは、雄英高校体育祭一位の凄い人だ。その時は、経営科として課題の参考にしようと見学していたのだれど、とても派手で強い個性と闘争心のこもった赤い瞳に、レポートなんて忘れるくらい、わくわくした。心が高揚して惹きつけられた、といった方が正しいかもしれない。
個性を持たない私にとって、彼は強かな夢であり、希望そのものだった。
「おいなまえ、帰んぞ」
「はーい」
扉の方から聞こえた爆豪くんの声に、慌てて返事をする。付き合ってからずっと、時間が合う時は、こうして教室まで迎えに来てくれる。最初はとても驚いていたクラスの皆も、今では慣れた様子で「また明日ね」と向けられた笑みに手を振った。
持ち帰り課題を入れた手提げを抱えて「お待たせ」と駆け寄れば、軽く返事をした彼の視線が、私の手元へと落とされる。課題が珍しいのだろうか。ヒーロー科は実技訓練が多いと聞く。もしかしたら、それほど紙に向き合うことがないのかもしれない。
首を傾けると、彼の指先が手提げの持ち手を叩いた。
「それ貸せ」
「え、いいよいいよ。全然重くないし」
「いいから貸せっつっとんだ」
「や、でも、」
「しつけぇ」
「あ、」
やや強引にさらわれた手提げの代わりに触れたのは、少し厚くて温かい、爆豪くんの手。流れるように私の手を繋いだ彼に引かれるまま、足を踏み出す。
「いつもごめんね」
「いちいち気にしてんじゃねぇわ」
「へへ、有難う」
「ん。……そこ段差あんぞ」
「はーい」
お知らせしてくれた通り、足元にあった軽い段差を跨ぐ。
毎日通っている学校なのだから大丈夫なのに、こんなところにまで気を遣ってくれる優しさが愛おしい。彼が隣にいる時、じんわり胸を覆うのは、いつも幸福だった。つい頬が緩んでしまっていけない。
好きだなあって思う瞬間が、日常のそこかしこに潜んでいる。それなのに、何も返すことが出来ていない自分が、少し歯がゆい、なんて思うのは傲慢だろうか。
「ごめんね」
「あ?今度は何だ」
「私も個性があったら、同じクラスになれてたかもしれないのにって思って」
ヒーロー科の授業内容が特別だってことくらい、知っている。きっと疲れているに違いないのに、いつも来てもらってばかりで、嬉しい反面、申し訳なさがあった。
この間、今度は私が迎えに行くと言えば「寝言は寝て死ね」と、秒で却下されてしまったし、本当、爆豪くんのために出来ることが極端に少ない。
聞こえたのは、溜息。
足を止めた彼に合わせて立ち止まると、赤い瞳に顔を覗き込まれて、肩が跳ねた。いつも以上に近い距離。白い肌と綺麗な顔立ちに、耐性のない心臓がばくばく音を立てる。
「てめえはそんまま、アホみてえにヘラヘラしてりゃいいんだよクソが」
がじっ。
彼の鼻先が頬を掠めて、齧りつかれた唇。ひりひりとした痛みに、フリーズした思考が、徐々に溶かされていく。同時にせり上がるのは、戸惑いと恥ずかしさ。
いくら外とはいえ学校の敷地内だよとか、まだキスすらしたことないのにいきなり齧るのとか、そのままの私が好きってことなのとか、いろんなことにいろんな私が追いついていかない。
全身を巡る沸騰しそうな熱で変になりそうだ。なんとか逃がせはしないかと、そっと息をこぼす。恥ずかしさのあまり、広い背中に飛びつけば「っぶねえなクソなまえ!」と怒りながらも、ちゃんとおぶってくれた。