寄り添うペチュニア



なんだか緊張します、と。いつもより口数が少ないみょうじは、ゆるやかに巻いてある毛先を恥ずかしそうに撫でた。そうだな、と同調すれば「相澤先生も?」なんて驚いた声が車内に響く。


「そりゃあな」
「うそ」
「何でそう思うんだ」
「だって、デートくらいたくさんしてるだろうし……」
「いや、殆どない」
「うそ」
「こんなことで嘘ついてどうすんだ」
「そ、それもそうですけど……」


茶色いマスカラに縁取られた淡いライラックが宙を彷徨い、膝元へ着地。返す言葉が見つからなかったのだろう。彼女の中の俺はよほど遊んでいるらしい。

あいにくヒーロー業だけでも手一杯なところ、数年前からは教師業も兼任している。女にかまけている暇はもちろんなく、さして関心があるわけでもなかった。恋だ何だ、そもそも非合理的だ。普段の俺を知った上で何年も想いを寄せ続け、そのわりに多くを求めなかったみょうじでもなければ、告白を受けることも、こんな風にデートに付き合うこともなかっただろう。


信号が変わり、アクセルを踏む。

ラジオも音楽もなく、ただエンジンの音がこだまするだけの車内では、小さな吐息すら鼓膜に良く届いた。言葉通り、いくぶんか緊張しているのだろう。一昨日の電話で『独り占めしたいのでドライブデートがいいです』なんて恥ずかし気もなく言ってのけた声はひどく弾んでいたというのに、今は微かに強張っている。さっきから毛先をいじっている指先も、窓の外を眺めている横顔も、いつもは柔らかく浮遊している空気感も、良く笑うはずの口元も――。



どうしてやるのが最善か。思考を逡巡させて、やめる。答えらしい答えなど、どうせ見つからない。アパートから出てきた彼女を乗せて十五分。普段とは違った発色の良いリップ、ふんわりゆるく巻かれた髪、女性らしい香水の匂い。今日のために誂えたであろうそれら全てに、未だ気後れしてしまっている。そんな俺に見つかるはずなどなかった。

けれどたぶん、これでいい。息苦しさは感じない。降りた沈黙でさえ、みょうじの傍ではただの心地よさへと変わってしまえる。きっと彼女もそう。


「独り占め、ちゃんと出来てるか」


バイパスを走りながら隣を一瞥する。相変わらず恥ずかしそうな、少し強張った肯定とともに落とされた視線。その視界の中へ左手を差し出せば漂っていた空気が一瞬止まり、それからふわりと凪いだ。彼女が微笑んでいることは、顔を見なくても分かった。おそるおそる重ねられた温かい手が教えてくれた。

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