呑まれていった純情



「今年も一年、お疲れ様でしたー!」
「っしたー!!」


音頭が終わり、両手で持ったグラスを下げて消太のグラスへカチン。


教師陣で集まって、ヒーロー御用達である掘りごたつの個室でわいわい忘年会をするのは、最早恒例行事。特に席順は決められず毎年各々が好きな所へ座るのだけれど、まるで当然のように隣へ来てくれた彼に、ついつい頬が緩む。

「お疲れ様」と声をかければ、笑い混じりの「お疲れ」が返ってきた。一瞬弛んだ口端。ふ、とこぼされた吐息。私が好きな笑い方に見惚れていれば、軽く頬を摘まれ「顔緩いぞ」と窘められた。たぶんお互い、悪い気はしていない。声も手付きも視線も優しい上に、今その瞳に映っているのは私だけ。そんなことにさえ、また嬉しくなる。こんな風に人前で触れてくれるのも、随分と珍しかった。

付き合っていることを隠しているわけではない。ただ公私混同だと思われないよう、普段から気を付けているだけ。



運ばれてきた料理から欲しい分だけを取って、ぺこぺこだったお腹を満たす。「今年も大変だったわよねー」なんて向かい側の香山先生が笑い「なかなかハードだったなー!」と、斜め向かいの山田先生が笑った。

こういった席で生徒のことは口にしないけれど、あの行事がどうだとか、あの時のこの先生が面白かったとか、来年はこうしないといけないとか、そう言えば駅前に美味しいパン屋さんが出来たとか、女子高生のリスナーが増えたとか。お酒が進めば進むほど、色んな話や笑い声が各所からどんどん溢れてくる。

料理は文句無しに美味しくて、会話は薄いけどすぐ隣に愛しい人がいて。慣れ親しんだ皆が笑っている空間は心地が良い。気付けばすっかりほろ酔い状態。そろそろ涼みに行こうかな。ちょっと暑い。


「お手洗い行ってきますね」と断って、席を立つ。そのまま外に出てひんやりした空気で酔いを冷ましていれば「なまえ」と呼ばれた。

心配で来てくれたのか、それとも同じように涼みに来たのか。振り向かなくても分かるその低音に「はあい」って返事をする。もう鼓膜が覚えている足音は、すぐ隣で止まった。


「風邪引くぞ」
「大丈夫だよ。今ほっかほか」
「酔ってんのか」
「ちょっとだけね」


見上げた先の消太が、ふ、と笑う。口端が弛み、人相の悪い三白眼が細まる。私が惚れ込んだ笑い方。好きだなあって火照った心臓が高鳴って、たまらなく愛しくって、ちょっとだけくっついても良いかなあって理性が揺らぐ。

幸い、皆はまだ宴会中。他のお客さんだっていない。車の走行音が遠くに聞こえる夜の中、ここにいるのは私と消太だけ。


「じっとしててね」


交わったままの瞳へ微笑んで、足先を向ける。ほんの少しで良かった。ほんの少しだけ、消太に触れたかった。なのに、私が身を寄せるよりも早くロングコートの中へお招きされてしまった。じっとしててって言ったのに、こんな時だけ察しがいいのは何でだろう。見た目にそぐわずしっかり鍛えられた背中へ手を回し、幸せに浸る。ふんわり漂うのはお酒の匂い。


「……終わったら、消太んとこ行っていい?」
「二次会に行くんじゃなかったのか?」
「もう……意地悪なんだから。たった今消太がよくなりましたー」
「ふは、いいよ。おいで」


俺もお前がいい。

こぼされた甘やかな声にくらくら。膨れ上がった熱に酔わされて、どうしようもない。

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