心臓の声を知ってるかい
自分の嫌なところばかりが目につくのは、どうしてだろう。漏れ出たのは、本日七回目の溜息。
あまのじゃくで強情で、ちっとも素直になれやしない。思ってもいない言葉が口を突いて、尖ったナイフのように相手にも自分にも刺さって、でも素直に謝れなくて、そんなつもりじゃなかったって独りで後悔する。好きな人に対してなんて特にそうなんだから救いようがない。さっきも、なかなか酷いことをした。
振り払ってしまったのだ。踏んだ鉄板がたまたまずれて足を捻った私に、せっかく差し出してくれたかっちゃんの手を。
おかげで未だにズキズキ痛んで立てないし、かっちゃんは「てめえなんざ知るか!勝手にしろやカス!」って盛大な舌打ちを残して先に行ってしまったし、ほんと私って可愛くない。いくら幼馴染とはいえ、もう愛想を尽かされていてもおかしくないと思う。
ああほら、また自己嫌悪。
せめてきっぱり割り切れたら、それはそれで前を向けるんだろうけど、あいにくそんなに強くもなかった。
「はあ……」
本日八回目の溜息。数えるのもそろそろ嫌になってきた。こんなだからダメなんだ。何であの子ばっかりって妬むことしか知らなくて、いつまでたっても小さな子どものよう。
座り込んで九回目。何かは言わずもがな。
どんどん胸を覆っていく真っ黒なモヤが、喉を燻す。じんわりこみ上げる不快感。嫌な熱。閉じた瞼で無理矢理抑え込めば、幾分かマシになった頭が足音を捉えた。
「おいコラクソなまえ」
「……何よ」
「何よじゃねえわ。痛ぇんだろ、足」
「痛くないし」
「なら立ってみろや」
「ぅ、うるさいな……」
「あ"? 今何つったクソてめえ燃やすぞ」
頭上から降ってきた地を這うような低い声に、詰めた息が震える。
わざわざ戻ってきてくれたの。私の様子を見に来てくれたの。今痛くて歩けないって言ったら、また手を貸してくれるの。何でそんなに優しいの。幼馴染だからなの。それとも、私だからなの。私だけにそうなの。
浮かぶ言葉はたくさんあった。どれも傷付けるためのものじゃなかった。なのに、やっぱりこの憎まれ口は素直に動いてくれそうもなくて、口を開くのがただ怖くて、怒らせたくなくて。
でも、そんな不安は杞憂に終わった。
嫌なことを嘯く前に、いつの間にか真正面へしゃがんでいたかっちゃんの顔を見たらもう、何も言えなくなった。
寄せられた眉。むすっとした口。まるでとっても大切なものを見るかのような、どこか縋るような瞳。
「たく、ちったぁ懲りろや。何のために俺が一旦離れたと思っとんだ」
「……」
「こちとらてめえじゃなけりゃ、気にも掛けねえわクソが」
「……」
伸ばされた手が頬へ添えられる。
すり、と目元を撫でていく親指も、絞り出したような台詞も、言外に伝わる心配って二文字も、かっちゃんには不似合いだった。あんまり似合わないものだから、言葉も声も痛みも抵抗も何もかも全部忘れて真っ白になって、ただ引き込まれるままに腕の中へおさまる。
何が何だか分からない。やんわり抱き締められて初めて、漸くかっちゃんの体温が滲み始める。
あったかくて優しい温度。固まった喉が、じわじわ溶かされていく。足がズキズキ痛んで、吐息がこぼれて、かっちゃんの声を脳内で反芻。そうして声帯が震え方を思い出す。
「ねえ、かっちゃん」
「んだカス」
「……嬉しい」
「あ?」
「私だけっていうの、嬉しい」
言い慣れない本心は、ひどく不器用で下手くそな片言になってしまったけれど「そうかよ」って強く抱き締めてくれたかっちゃんの鼓動は、途端に煩くなった。