壱つ弐つ



ガチッと、嫌な音がした。


「痛ってぇ……」


口腔に広がる金臭さ。覆った口元から滲む痛み。唇の裏側を舌先でなぞれば、ピリッとした痛みに襲われる。たぶん切った。扉を開けた瞬間顔面に吹っ飛んできやがった挙句、揃って倒れこんだ俺の上に乗ったまま、今目の前で口元を押さえているこいつ――なまえのせいで。


「……おい」
「ご、ごめんなさい、弔くん……」


小さな謝罪は、絞り出したようにか細かった。眉を下げ、俯きがちにこちらを見る目元は随分と赤い。どころか、普段は本当に生きている人間なのか疑問に思うほど真っ白な首も耳も手も指先も、全てが赤く染まっている。

ぶつかった唇の痛みか、はたまた恥ずかしさか。薄い膜を張った鮮やかな瞳が、うるりと揺れる。俺の脳も、ぐらりと揺らぐ。


「ただの事故だ」
「っわ、わかってる、けど……カウントは、してもいい……?」


途切れ途切れに紡がれた、心なしか上擦った声。俺の様子を窺うような視線。黙ったまま見つめ返してやれば、居た堪れなくなったのだろう。更に赤くなって俯いた。そんな姿が可笑しくて、なぜだか可愛くて。湯気でも出そうだなって鼻で笑う。


ただ皮膚と皮膚がぶつかっただけだってのに、そんなに嬉しいもんなのか。普通にキスしてやったら、これ以上どうなるのか。そう言えばこいつ、前に俺が好きって言ってたっけか。

面白そうだなあ、と、手を伸ばす。
触れた唇は熱かった。

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