その他を愛せないふたり



お部屋に行って、両手を広げて名前を呼ぶ。疲れているんだろうなあって時は、たったこれだけでいい。そうしたら、もそもそ寄ってきた焦凍くんが躊躇いながらも抱き締めてくれる。そのままずるずる座り込めば、私の胸元に綺麗な顔が埋まって、肩の力が抜けていく。

中学生くらいからずっとコンプレックスだったこの大きな胸が、今や彼を癒す役割を担っている。人生何が起こるか、分かったもんじゃあない。


「だんだん火力凄くなってきたね」
「ちょっとずつだけどな。なまえも範囲広がったんじゃねえか?」
「あ、分かった? ちょっと成長したの」
「頑張ったな」


きっと満足したのだろう。顔を上げた焦凍くんに、頭を撫でられる。大きくて優しい手。こんなにも容易く、私の心を幸せで埋め尽くしてしまえる愛しい人。


ねだるように擦り寄ってみせれば、綺麗な双眼が丸まった。そんなに珍しいことでもないんだけれど、焦凍くんはいつもそう。私が甘える度、意外そうな、ちょっとびっくりしたような顔をする。それからまた、ぎゅうって抱き締めてくれるのだ。

伸ばされた腕にお招きされて、今度は私が埋まる番。胸が邪魔であんまりぴったりくっつけないけれど、温もりは充分に感じられた。全身から力が抜けて、ほうっとひと息。気分が凪いで、思考の殆どが焦凍くん一色に染まる。ふんわりゆっくり落ち着いていく浮遊感は、何にも代えがたい宝物のよう。



どんな私でもいいと言ってくれた。

私のことを良く見ていてくれて、轟家っていうブランドと華やかな個性目当てに言い寄ってくるたくさんの女の子には目もくれない。ちょっと憂鬱な時も、気にせず傍にいて慰めてくれる。私が今まで、随分嫌悪感を抱いてきた下心なんてものも感じさせない。もしかしたら胸の奥に秘めているのかもしれないけれど、私に触れる手はいつも心地よさを孕んでいて安心ばかりを与えてくれる。

いくら感謝してもしきれない、私には勿体ないくらいに完璧で大切な人。



「有難う、焦凍くん」
「?」
「いつもとっても幸せにしてくれてるから」
「じゃあ俺も、ありがとな。なまえ」
「え、っと……?」
「いつも幸せにしてくれてるだろ」


ごつごつした指の背が目尻を撫でていく。いっそ痛いくらい胸が締まって、もうどうにかなってしまいそうなくらい苦しくって、もっとゼロ距離でくっつけたらいいのになあなんて贅沢が、ふつふつ湧いた。

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