中 枢



くるんとあがった睫毛は、ブラウンマスカラでナチュラル仕立て。薄い瞼は同じくブラウンとピンクのグラデーションで彩って、艶やかに輝くラメを少々。肌の調子は万全で、やんわり巻いてほぐした髪はふわふわウェーブ。保湿リップとじんわり滲む赤を誂え、控えめにチークを乗せた今日の私は、どこから見ても最高に可愛い。この間新調した香水を項へワンプッシュすれば、ほら、完璧。

それもこれも、全部彼のため。一緒に住んでるけど"待ち合わせからのデートがしたい"って私の我儘に、貴重なオフを潰してくれようとしている愛しい人のため。

なのに。


「なあ一人? 誰か待ってんの?」
「近くで見てもマジ可愛いね」
「この辺に住んでんの?」


鬱陶しいなあ。

傷んだ金髪に一ミリも似合ってないスカジャン。無駄にごついアクセサリーがギラギラ光って、全く品がない。そもそもスカジャンは大人の男が着るからかっこいいのであって、こんな、顔にモブって書いてあるような野郎共が羽織っていいものじゃない。ああ、鬱陶しい。


本来なら即その汚らしい顔面にヒールをめり込ませてやるところだけれど、あいにくここは人通りの多い噴水前。いわゆる待ち合わせスポット。いくら顔が割れていないとはいえ、騒ぎを起こせば死穢八斎會の面子に泥を塗ってしまう。それは何としてでも避けたい。

だから無視を決め込んだのに「え、無視? 悲しいなー」なんて下卑た笑みを張り付けて寄ってくるのだから、怒りメーターが振り切れそうだ。


我慢の限界。てめえ黙って大人しくしてりゃ調子に乗りやがって。んなに女が好きなら女にしてやろうかドブス。

って怒りに任せて蹴り上げようと顔を上げた瞬間、グッと腰を引き寄せられた。

そう。後ろに。



「俺の女に、何か用かな?」



頭上から降ってきたのは、よそ行きの声だった。決して大きくなく、とても穏やかでいて、ひどく冷たい低音。無論、空気は一瞬で凍った。モノホンに凄まれてビビらないチンピラはいない。「な、なんだ男連れかよー言えよなー」と負け犬よろしく吠えながら退散する背中なんて、もう心底どうでも良かった。


「廻さん!」
「待たせて悪い。良く耐えたな、なまえ」
「全然待ってないよ! でも褒めて褒めてー」


腕の中でくるりと反転。

相変わらず切れ長の綺麗な瞳を見上げながらくっつけば、これでいいかと言わんばかりにさわさわ額を撫でられた。少し雑なような気もするけれど、まあ廻さんならこれでもいい。真っ黒なロングコート姿がかっこいい。


「いつもの服じゃないんだね」
「街中を歩くにはこっちの方がいいだろ」
「私のため?」
「……まあ、そうだな」
「んふっ」
「にやけるな」


きゅって鼻を摘まれ、引き締めかけた頬がまた緩む。溜息混じりな笑みでさえ、私を惹き付けてやまない廻さんは「お前こそ、いつもと違うな」と。たった一瞬だけぎゅっとして、それから手を繋いでくれた。

最高に可愛い私もこの香水も、どうやらお気に召したらしい。

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