蘇った追憶



好きだった。優しい笑みと穏やかな話し方。ゆるやかな低音。高い身長に大きな手。やわらかな癖っ毛に、いつも少しだけ尖っている口。涼し気な瞳と違って、感情表現豊かな太い眉。

全部が全部、ずっと好きだった。

告白した回数なんて数えきれない。じゃれつきながらの軽いものから、校舎裏へ呼び出したことまで多種多様。でも、全部断られている。通算七連敗。松川が嫌な顔をしたことはない。でもたぶん、私は恋愛対象じゃあないんだろう。


最初こそ頑張ったけれど、さすがにもう、それならそれでいいと思う。好みなんて人それぞれ。仕方のないことだ。一緒に笑い合えるなら、この際お友達でいい。

ただ、優しい松川とずっと一緒じゃ嫌でも期待してしまうから、この恋心を抑えるために距離を置きたかった。そうしないと、辛くて痛くて、たらたら未練がましい面倒な女に成り下がってしまいそうだった。だから連絡を控えて、あんまり私から会わないようにした。のに。


「……どうして毎時間会いに来るんですかねえ松川さんや」
「さあ。どうしてだと思いますかなまえさんや」
「ちょっと、いつから名前呼びになったのよ」
「ついさっきかな」
「私で遊ばないで」
「遊んでないよ」


くすくす笑った松川は、座席者不在の前のイスに座ってこちらを向いた。授業と授業の合間。たった十分の小休憩でさえ、最近こうして会いに来てくれるのは、本当にどうしてか。

別に何を話すわけでもない。新作のチョコレートが美味しいだの、この間見た動画が面白かっただの、今度部活で練習試合があるだの、普段と何ら変わりない雑談ばかり。嘘でしょってくらい今までと同じ。ただ一つ違うのは、私からじゃなく松川の方からアクションを起こしてくれているってこと。


諦めようって思った途端にこうなのは、正直困る。だって、やっぱり好きってなっちゃうじゃん。こんなんじゃいろいろ諦めきれないじゃん。でも、避けたら避けたでLINEがきたり電話がかかってきたりする。憎らしい。人がせっかく迷惑をかけないように押し殺している恋情をかき乱さないで欲しい。

いっそ怒ってしまいたいけれど「あのさ」って顔を上げたところで、この声帯はいつも止まってしまうのだからどうしようもない。


「ん?」って見つめられ「なあに」って小さく傾いた首。めっきり惚れ込んだその指先に、毛先をくるくる絡めとられる。松川は女の子らしいロングが好き。そんな根も葉もない噂にすら縋って、一生懸命綺麗に伸ばしたこの髪も、全然切れていないまま。


「あのさ」
「うん」
「髪、切ろうかなって思ってて」
「え、何で?」
「や、なんか……邪魔だし、似合わないかなって」
「そんなことないと思うけど、まあ邪魔なら仕方ないネ」
「……松川は、長い方が好き?」
「んー……それ聞いてどうすんの?」
「え……」
「俺が長い方がいいって言ったら、切らないの?」
「っそ、れは……」


くるくる、くるり。毛先とともに絡め取られていく、私の淡い恋心。彼の言葉一つで体温が跳ね上がって、鼓動が騒ぐ。こんなにも憎らしくて愛おしい、私の初恋。

顔に集まった熱を誤魔化すように俯けば、松川は笑った。それから私の机に肩肘を立てて、少し屈んで顔を寄せて、息遣いが伝わるような距離で言った。



「なまえなら何でもいいよ、俺は」

back - index