華が咲く日を待っている



生徒を帰らせた放課後。さっきから忙しなく働かせている眼球は、画面と書類を行ったり来たり。いい加減文字を追うのも嫌になってきた頃、背後から風が吹いた。春の陽気を感じさせるような、ふんわりとした暖かさ。

窓は閉めているはずだが。

そう振り返れば、見知った顔が窓枠に座っていた。


「そんなに根詰めてばっかりじゃあ、終わるものも終わりませんよ先生。たまには息抜きしないと」
「……窓から入るなと何度言えば分かる。除籍にするぞ」
「あら、じゃあお嫁さんにしてくださいね」
「何でそうなるんだ」
「だって、うら若き乙女の夢を奪うんですよ?」
「お前がきちんと入口から入ってくれば済む話だ」
「こっちの方が近いじゃないですか。早く会えるでしょう?」
「たった数歩だろ」
「されど数歩、ですよ」


ぽんぽんと俺の肩を軽く叩いたみょうじは、綺麗に微笑んだ。どこかで聞いたような言葉だと逡巡して、そういえば三日前だと思い出す。



俺が言ったのだ。
こんなおっさんのどこが良いんだと年齢を例に挙げれば『私もう十八なので、たった十二歳差ですね』なんて事も無げに言うもんだから『されど十二だろ』と反論したのだ。コーヒーを飲みながら。

あの時は自然と流れたが、意外と根に持っているのかもしれない。彼女の笑い方が含みを孕んでいるように見えるのは、そういうことだろう。


全く。良い女になりそうだな、と息を吐く。


「これ、ちょろっと暇があったので集めてきた資料です。良かったら参考にしてください」
「いつも悪いな。助かる」
「どういたしまして」


品行方正成績優秀。まあ職員室だろうと俺の部屋だろうと遠慮なく窓から入ってくるが、普段は至って行儀の良い生徒兼恋人である。

風を自在に操る実力はプロから見ても称賛に値し、インターン先での活躍は言わずもがな。三年になって更に忙しくしていると耳にする。わりに、何かと理由を付けては、こうして必ず週四で会いに来る。


性格柄気のない素振りが先立ってしまうものの、嬉しくないのかと聞かれれば満更でもないわけで。別に成人さえしてくれれば、嫁にもらう気だって当然ある。


「みょうじ」
「ん?」
「頑張れよ。あと二年」


他の先生方がいるこの場で、直接的な言葉は使えない。それを良く知っているみょうじは「もちろんです」と、心底嬉しそうに、綺麗に笑った。

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