心音を数えておやすみ



暖房がごうごうと音を立てている。毛布にくるまって、背中を丸める。生温い風が頬を撫でて、部屋中に漂っていた冷気が消えていく。それでも浴場からここへ帰ってくるまでに冷えた足先は、いっこうに温まらない。自分の足ではないような感覚に眉を寄せて、枕元で充電していたスマホを取った。


『えいちゃん、さむい』


まるで凍ってしまったよう。動かしづらい指先を画面へ滑らせて、鼻をすする。寒い。暖房は二十六度になっているし、窓も閉めてある。それなのに手足は冷たいまま。一人で温まる術を私は知らなかった。

鋭ちゃんは、ものの数分で部屋まで来てくれた。「なまえ? 大丈夫か?」と、控えめなノック音とは正反対の焦った声に心が落ち着く。きっと急いで来てくれたに違いない。少しだけ上擦っていて、少しだけガラついたこの音が、初めて耳にした時からずっと気に入っている。


「入っていいよ。鍵開いてる」
「お邪魔します」
「どうぞ」


律儀に断りを入れた鋭ちゃんは、一目散に駆け寄って来てくれた。ベッド脇にしゃがんで「まだ寒いか?」と、額を撫でられる。いつも凛々しい眉尻は心底心配そうに下がっていて、優越感が胸を占めた。

私だけを映す赤い瞳に微笑み、その逞しい腕を掴んで引き込む。「おわっ」と声を上げた鋭ちゃんの体が、カッと熱くなる。


「ちょ、なまえ……っ?」
「あっためて」
「お、おう。それは構わねえけど、しんどいとかじゃねえんだな?」
「体調は大丈夫。ごめんね。びっくりした?」
「そりゃーな。けど寒いだけで良かった」


笑った拍子に覗く、ギザギザの鮫歯が可愛い。

鋭ちゃんは、いつだって優しい人だった。どれだけ無茶を言っても、急に呼び付けても、心配をかけるようなことをしてしまっても、絶対に私を責めたりしない。心の内から温めてくれて、太陽みたいに照らしてくれて、世界の全てから守ってくれる、私のヒーロー。


「このまま朝まで居てね」
「え"っ」
「やだ?」
「や、嫌ではねえけど」
「?」
「俺も、その……一応男だし、一晩一緒はまずい、っつーか……」


ふよふよ泳いで定まらない視線。何が言いたいのか理解することを放棄して、もごもごはっきりしない唇を唇で塞ぐ。ピシッと固まった鋭ちゃんの体温が、また上がったような感覚。


「鋭ちゃんになら、何されてもいいよ」
「……っ」


広い胸に鼻先を押し付け、しゃぼんの香りで肺を満たす。厚みのある彼の体は、私のちっぽけな腕にはおさまらない。それでも背中へ手を回すと、硬直から抜け出したらしい鋭ちゃんの腕が、おそるおそる包んでくれた。

やわらかな温もりの中「明日はキスで起こしてね」と目を閉じた。

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