涙と融解



消太の指に、シンプルなデザインの指輪が光るようになったのは、いつからだろう。相手がいることを象徴する薬指。今更ペアリング、なんて歳でもない。

そういえば、この間美味しいディナーが食べられる場所はあるかって聞いてきたっけか。私が教えてあげた夜景の綺麗なレストランは、無事に良いムードを演出出来たに違いない。それにしても、どこの馬の骨と結婚したんだろう。中学からの付き合いだっていうのに、報告すらないなんて、ちょっと寂しい。


「はい、これA組の分ね」
「ああ、悪いななまえ」


差し出した補講者リストに目を通した彼は、重い溜息をこぼした。

ヒーロー科は力を入れなければいけない分野が多いからか、勉強面において、平均点に達していない生徒も多い傾向にある。まあ、文武両道なんて、大人からしても難しい話だった。おかげで、出勤日のほとんどが残業マークで埋まっている。今日も今日とて、私と消太は居残りだった。


両腕を伸ばして、肩を回す。凝り固まった筋肉を軽くほぐしながら腰を上げれば、背中がぱきりと鳴った。棚からマグカップを出して、コーヒーをいれる。カリカリとペン先を走らせている消太は、まだ休憩を挟まないらしい。いつもなら、私がコーヒーを飲み出すなり手を止めて、俺の分も、なんて催促してくるのに。きっと、家で奥さんが待っているから、早く帰りたいのだろう。

自然と、視線が落ちる。

痛む胸には、気付かないふり。仕方ない。私が悪いのだ。離れていた期間があったとはいえ、十七年もの間、たったの一度も言えなかった。傷つくことが怖かった半面、浮いた話が一つもないことに安心してしまっていたのかもしれない。


「……消太」
「?何だ」
「戸締りやっておくから、それ終わったら先帰っていいよ」


コーヒーのほろ苦さが、口腔に広がる。
驚いたようにこちらを向いた消太は「珍しいな」と言った。


「たまには労ってあげようかなと思って」
「明日は槍が降るんじゃねえか」
「失礼ね」


ふ、と、口端を上げて、人相の悪いその目が、ほんの少し優しくなる。もう、私の手は届かないけれど、そんな分かりづらい笑みを浮かべる、ボサボサ頭で無精髭の生えたこの男が、どうしようもなく好きだった。

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