枯らせやしない



心臓が止まるかと思った。冗談ではなく本気でそう感じたのは、これで四回目だ。

組んだ指に額を押し当て、ゆっくり息を吐く。

死柄木さん死柄木さんと、いつも微笑みながら俺の三歩後ろをついてくるなまえは、ベッドの中で「ごめんなさい」と眉を下げた。いったい何に対する謝罪なのか。俺を庇うために飛び出したことか、怪我を負ったことか。おおかた、俺が口を開かないのは怒っているから、とでも思っているのだろう。そうじゃない。そうじゃないと伝えたいのに、頭がろくに回らない。何も分かっていないこいつに、何から言えば良いのか分からない。


「死柄木さん……」


喉から絞り出したような、震えた声。今にも泣きそうな顔で「捨てないでください」と伸ばされた華奢な手。仕方ないから、五指は触れないよう中指を浮かせて握ってやる。


本当にこいつは、何も分かっていない。

使い勝手が良い云々は関係なく特別視していることも、俺が今安堵していることも、大切に思っていることも、本当は勝手に傷付いて欲しくないことも、ずっと閉じ込めておきたいことも、それら全てをこの俺が自覚していることも。


どう言えば、上手く伝わるのか。黒霧なら知っているだろうか。苦しさ、嬉しさ、むず痒さ。そんな訳の分からない感覚が凝縮された感情の総称を教えてくれるだろうか。随分と昔に置いてきたような、初めて抱くような、この愛しさの名前を。



「なまえ」
「はい」
「捨てる気はねえから安心しろ」
「……はい」
「あと、暫く休め」
「……怪我が治っても、ですか?」
「ああ。その間に使い方を考える」


一瞬見開かれた瞳が悲しげに細まった。小さく瞬きが繰り返され、長い睫毛が音を立てる。目尻から流れ落ちたのは涙。どうして泣くのか分からない俺に「それ、殆ど用無しって言ってるのと同じですよ」と自嘲気味に笑ったなまえは、繋いだままの手をぎゅっと握って「死柄木さん」と紡いだ。


「私、死柄木さんのために死にたいです」


初めて聞いた台詞に、耳を疑う。

俺のために死にたいって、何だよそれ。見上げた忠誠心だな。ただ連合に入りたいと言うから許可をして、傍にいたいと言うから好きにさせているだけの俺は、飼い主でもないってのに。


「使い捨てでいいです。貴方のために死ねる場所へ置いてください」
「随分勝手な言い分だな」
「すみません、我儘で」
「……」


どう言えば、伝わるのか。
何から言えば、分かるのか。

生きて欲しい。死なないで欲しい。傍にいて欲しい。大事にしたい。失いたくない。


ああ、そうか。


「俺が守ればいいのか」
「え……?」
「いや、お前のことはまた後にする。取り敢えず、俺の傍ならいいんだろ?」
「!」


問いかけると、花が咲いたようになまえは笑った。さっきまで泣いていたくせに、俺の視界をひとり占めしたまま、心底嬉しそうに頷いて礼を言った。

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