初めからこうすれば良かった



揺るがない強さに焦がれた。鮮烈な赤色が脳裏に焼きついて、眩しいくらいの火花に惹かれて。幼い頃から、いつも彼の後ろをついてまわっていたように思う。それくらい好きだった。裏表なくありのままでぶつかってくれる彼の傍は、息がしやすかった。相性が良かったのか、考えていることはそこそこ分かったし、言葉にしなくてもなんとなく通じ合えた。

でも最近、あんまり分からない。

クラスの皆が彼の良さを知って、気付けば彼の傍には私じゃない誰かが立つようになってからというもの、随分遠く感じる。他の女の子を名前で呼ぶ低音を耳にすることすら、なんだか苦しい。たぶん嫉妬。私よりずっと可愛くて明るくて素直で良い子な、女の子らしい女の子に対する醜くてどろどろした羨望。だって私は、そんな風になれない。


掴まれた腕が、痛い。


「いい加減にしろやてめえ。俺を避けんじゃねえ」
「別に避けてないよ。勘違いじゃない?」
「俺が憶測で物言うと思っとんか」


じろりと睨み上げられ、肩が竦む。真剣な眼差しに心が揺らぐ。なのに、久しぶりに触れた温もりが、まるで他人のように感じられるのは何でか。傍にいたくて仕方ないのに、いろんなことがどんどん離れていく。もう、どうしたら良いのか分からない。

頭の中がぐちゃぐちゃで、半ば泣きそうになりながら、それでも涙を振り切るように勝己の手を払って駆け出した。


「ッてめ、待てコラなまえ!オイ!」


追ってくる怒号と足音。他生徒にぶつからないよう、個性を使って天井を走る。突き当たりの角を曲がって、階段を下りて、外へ出る。昔から駆けっこは得意だった。徒競走はいつも上位で、リレーのアンカーも良く務めた。

ああでも、勝己と同じクラスの年は選ばれなかったなあ。



「待、ッちやがれクソがああ!!」


爆発音が耳を劈いて少し。背面の服を掴まれ、つんのめった体ごと校舎の陰へ投げられた。爆速ターボなんてずるい。


「、は、っ」
「ったく、手間かけさせんな、殺すぞ……」


地面に縫い付けられた肩が痛い。逃げられないよう、きっちり膝で押さえられた脚は当然動かせず、上がった息を整えながら脱力する。まさか組み敷かれるとは。窓がない壁面側で良かった。いや、勝己がわざわざここを選んだのかもしれない。

物凄く怒ってるんだろうなあって意を決して見上げた瞳は、けれどいつもと変わりなく、なんなら落ち着いているようにさえ見えた。降ってきた溜息に、心臓が跳ねる。


「俺がわざわざ追ってきてやった意味、分かってんな?」
「……かんないよ」
「あ"?」
「分かんないんだよ。最近、勝己のこと」


昔はもっと簡単だったのに。もっと単純で、こんなにごちゃごちゃしなかったのに。勝己しか見えていなくて、勝己の周りなんてどうでも良かったのに。最近、そうじゃないんだよ。

泣きそうな顔にでもなっていたのか、それとも心の声がなんとなく通じたのか。そんなことあるわけないのに、勝己は少しだけ目を丸めて小さく笑った。「なら教えてやんよ」と鼻先を寄せて、私の吐息を奪っていった。

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